色彩認証 覆面作家企画5 C-07 

 その日、私は気乗りしなかった。
 夕暮れ近く、バイトに行く時間ぎりぎりまで図書館で次の応募作を書くために資料集めをしていた。
 たぶん、ダメだと思っていたから、一次選考落ちを伝えるメールが来ても、ため息だけだった。期待できないから、次回作を書いていたの。でも、そんなことより、バスが走り出した途端、夕立が降り始めたことの方が最低だった。折り畳み傘をトートバックに入れたつもりが、見事に忘れてきた。バックに詰め込んだモバイルパソコンや図書館から借りた本が濡れちゃう。
 バスを降りたら、仕方ないから駅裏商店街を走った。寂れたシャッター通りだから、雨宿りできるお店を探すのも大変だった。
 やっと灯りがこぼれる店先を見つけて飛び込んだ。濡れた子犬みたいに髪を振ったら、後ろから笑い声がした。
「急な雨降りで大変そうですね」
 ちょびひげにエプロン姿の店主が、タオルを貸してくれた。エプロンには、「パーツショップがらくた堂」とプリントされている。見回すと……古い電気製品やら、訳の分からない部品が積まれていた。たぶんジャンク屋さんという場所らしい。
「学生さんですか?」
 短大生くらいと思われたんだと思う。一瞬、困って、適当にごまかしてしまった。本当は、小説家志望で下積み中といいたかったけど、先ほど受信した落選メールは、そう答える自信も潰してくれた。
 空は真っ暗で、ますます激しく大粒の雨が降り頻っている。
「テスト期間かい? 雨も止みそうにないし、どうせ客なんてこない店だから……コーヒーしかないけど、ゆっくりしていってください」
 ……親切にされると、小さな嘘も縫い針で間違えて刺したみたいに痛かった。

 しばらくすると、店主はいくつか得意先に電話をした後――暇になったらしく、店の奥から何やら箱を出して来た。
 携帯の時計表示を見たら、もうバイトに間に合わない。仕方ないから、ごめんなさいと電話した。
 ふと見ると、ジャンク屋店主はアンティークドールのようなエプロンスカートの人形を箱から出していた。
「――それ、もしかして……?」
 知っている人形だったから、まさか、こんなガラクタ屋さんで出会うとは思わなかったから、思わず声に出していた。
 店主が振り向く。内心、しまったと冷や汗をかいた。でも、好奇心の方が先に立った。レジ前の店主のテーブルに歩み寄る。
「……おや、お嬢さん、これが何かご存知なのかい?」
 視界の真ん中に捉えた少女の姿は、以前にネットで見た物と同じだった。でも、すごく高価な機械だったはず。高速プロセッサを積んでいて二足歩行はもちろん、自然言語も理解し会話も出来るはず。だけどその子は、電源が落ちいているのか、普通の人形のように動かない。それとも、がらくた屋にいるってことは……?
 私が身を乗り出して目を凝られして人形を見詰めていたから……店主は笑い出した。
「お嬢さん、この人形の都市伝説を知っているんなら……小説家志望かい?」
 私は今度は迷わずうなずいた。がらくた堂の店主がさぞ可笑しそうに笑う。そして、立ち上がりワザとらしく腰を折って一礼した。
「これは、これは、がらくた堂へ、いらっしゃいませ。ご希望の品はこちらのサイネットでございますか?」
 ……えっ?
「あっ、あの……私、ネットとかで小説みたいなものを書いてますけど……全然下手で、新人賞とかも一次選考落ちばっかりだし、こんな高い機械なんて絶対買えません……」
 慌てた私を店主がまたも笑う。親切そうな理系紳士に見えたけど、結構な笑い上戸だよ、この人。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ……ウチはがらくた屋だよ。ジャンク品しか置いてないから……クォートゲージのビンテージ物のサイネットだって、メーカーさんが泣くような値しか付かないって」
 そう。この機械仕掛けの可愛らしい少女人形は、四分の一サイズの電脳操り人形――サイバーマリオネットの略でサイネットっていうの。本当は……ゲームや自動車、情報家電なんかの展示ショウとかで企業宣伝ブースにいたり、病院で患者さんの話し相手になったりする機械人形だったはず。
 だけど……不釣合いなほどデカい赤いチェック地のリボンをポニーテールに結んでいる、この子は変な都市伝説付きだった。
 確かもう五年前のことだと思う。すごく話題になったネット小説があったの。出版社からもオファーがあったはずだけど、プロにならずに、とにかくホームページや電子書籍で無料で配信することにこだわって……長編の異世界ファンタジーだったけど……爆発的な勢いで書き進んで……わずか、一年ほどで完結させたの。
「そりゃあ、すごかったですよ。一日に12回も更新した日があったくらいだから」
 店主も人形を眺めながらコーヒーをすすった。創作の友だから、私もコーヒーは嫌いじゃないけど、店主の淹れてくれたコーヒーは、このお店にどうしてお客さんが来ないのか? その理由が分かる味だった。
「で、この人形をあんな顔で見詰めてたってことは……完結した後のウワサ話を知ってるんだ?」
 これもうなずく。
「……亡くなったって聞いてます」
 あのネット小説を書いた人は、実は重い病気を患っていて、余命の全部を小説を書くことに注ぎ込んじゃったっていうの。ハンドル名だけで本当の名前も、どこの病院にいたのかも謎のままだけど。でも、何となくその人の気持ちが分かる気がする。
「たぶん、書くことが自分の存在証明ってヤツだったんだろうな」
 それから、店主は機械人形のリボンを乗せた頭を撫でた。
 そして、主人の最期を看取った機械人形は、新しい主を求めて彷徨い、小説家の卵を見つけると……難しい謎掛け問題を出して、その物語の書き手が自身の次の主に相応しいか否かを試すんだっていうの。
 コーヒーブレイクの後、私のモバイルノートを人形に繋いでみることにした。無線LANの設定は店主に手伝ってもらったけど。
「見事、認証を通したら、この人形は激安価格で君にお譲りしよう」
 電卓に表示された金額は確かに激安良心価格だった。けど……バイト頑張ろう、私。
 そして、起動。
「……初めまして、自然言語処理支援プログラム・『あや』です」
 機械仕掛けとは思えない。優雅に人形が動き出して、流暢にしゃべり出した。そして、人形の濃い碧色の瞳が私を見る。
「ユイさんは、小説の書き手と伺いました。本機への認証トライを希望されますか?」
 もちろん「はい」と答えた。店主さんがネット経由で起動コードを送った途端、人形は私たちの会話に反応したの。
「ひとりに付き一回だけとなっております……認証を開始してもよろしいですか?」
 ここまでは、ネットで読んだウワサ話の通りだった。

 機械人形は、難解な言葉を紡ぎ出した。
 ――ソシュールを祖とする近代言語学において、語彙の「意味」と「発音」と「表記」の三者の間には何ら必然はありません。
 ヒトの持つ記憶は、言語を介さない手続き記憶の他、意味記憶とエピソード記憶があります。
 孤立の存在である意味記憶を組織化するには、エピソード記憶による擾乱が必要であり、意味記憶を改変、有機化することで、意識フレームからの意図的な検索が可能となります。
 エピソード記憶は、その名の通り物語に関する感受性を基礎とする記憶です。時間の経過より具体のエピソードに係る情報は失われますが、意味記憶の間に形成された経路は無意識下に残ると仮定されています。
 従い、語彙の有機化及び個性を測ることで、物語に対する感受性を推定することが可能と考えます。

 あやと名乗った機械人形が出題したのは、色彩に関する問題だった。
「――赤色について、あなたの中にある最も深いイメージは何ですか?」
 急にそんなことといわれても……困惑を察したらしく機械人形が言葉を補った。
「例えば、『くち』という言葉の場合、幼児は身体の一部としてしか理解していません。しかし、大人は『くち』を『出口』や『窓口』あるいは『申し込み口数』など単なる開口部以上の抽象化された概念として理解しています。『赤』についても同様です――『あかいろ』とはあなたにとって何を意味しますか?」
 ……すごく悩んだ。しかも、この問題、時間制限があるの。だから、とっさに思い浮かんだ言葉を答えた。
「赤色は――『叱責』の色と思います」
 機械人形が首を傾げて見せた。
「なぜですか?」
「……赤点とか、お直しとか……小説の通信講座から送り返される原稿はどれも赤塗りされているから、それが、痛いから」
 恥かしいけど。思う通りに答えた。
「それは、あなたの色と認めます」
 機械人形が笑顔を作り答えた。モバイルノートには、第1段階クリアと表示された。
「やりましたね、でも油断禁物ですよ。この人形の向こうには、独法理工科研のスパコンがいるらしいから」
 店主がささやく。店舗のルーター経由で通信しているから、パケットを解析してみたらしいのだけど。
「……えっ? スパコンが相手って……」
「詳しい経緯はわからないですが、自然言語研究の一環らしいですよ。もっとも主になればこの子から聞き出せると思いますが」
 
 コーヒーのお代わりも飲み終わった頃、私のモバイルノートに、「色彩連想認証・ファイナル」とメッセージが送られて来た。
 そして、機械人形が瞳を伏せて悲しそうな表情でつぶやくいた。
「……もしも、明日、あなたが死んでしまうとしたら、あなたは最後となる物語には何色を描きますか?」
 悲しそうな人形の言葉に、これがテストだって理解しているのに、胸が痛い。都市伝説の噂どおりならば、亡くなったご主人様との最期の会話なのだと思うから。
 それに、これが爆発的に小説を書き進めることが出来たという、自然言語支援の魔術なのだと思う。この子と話していると、不思議と物語の世界に引きずり込まれる気がするの。
 そして、私は模範解答の一つを知っていた。あの小説のラストシーンは、透き通るような青空だったはず。だけど……それを答えたら、私の言葉じゃないから。
「……虹、全部の色を描きます」
 横で店主さんが、「おいおい」っていうけど、そのまま回答を確定した。

 長い審査時間の後、「最終審査・閾値以下 31 /105」と回答が戻った。やっちゃった。それも赤点だよ。
 だけど……
「色彩認証は不合格ですが、ユイ様を本機の新しい主と認めます」
 へ? 驚く私と店主に、静かに思い出話のように、人形が話し始めた。
「虹は、先代主との会話の中で、最後まで候補にありました。私は、青空のシーンを描写することを勧めましたが、彼の人は虹を書きたいと望まれました。そこで協議となり、あの日の雨上がりに、もしも、空に虹が架からなければ小説文に採用されるとしました」
 えっと……それじゃあ、その人は……
「病院の窓越しに虹を見て……旅立たれました」
 人形は、がらくた屋を埋めた段ボール箱越しの空を見ていた。そこには微かな西日を背にうっすら虹が消え残っていた。

 それから、私はこの機械人形と一緒に小説を書いている。もちろん有力なアドバイス役が付いたからって、すぐに新人賞とか獲れる訳じゃないけど……でも、書くことがだんだん、楽しくなってきた気がするの。

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