この桜、ごぞんじありませんか?
-春祭り参加作品-

 四月九日――

 駅前の花屋さんに立ち寄って、お任せで花束を作ってもらった。
 今日は、特別な日だから。
 私が生まれた日で、シュウさんとネコだった私が亡くなった日だから。
 花屋のお姉さんに「どんな花束にします?」と尋ねられて、ちょっと考えた。
「お誕生日のお祝いと、亡くした大切な人にあげる花だけど……ひとつの花束にしたら、どんなになるのかな?」
「お誕生祝とお供えをひとつにするの?」
 花屋のお姉さんは、最初は冗談と思ったらしい。でも、繰り返しお願いしたら、困ったような顔で温室へ花を取りに行ってくれた。
 チューリップと菜の花とガーベラと、とりあえず黄色い菊に合わせて、黄色系統の花を集めてくれたみたいだった。
「ねぇ、たまきさん、こんな変なブーケ、誰にあげるつもりなの?」
内緒ないしょ……じゃ、だめですか?」
 私は困ってしまった。

◇   ◇


 電車で五つほど先の駅を降りて、バスに乗り換えた。月見ヶ丘東つきみがおかひがしのバス停は結構、遠いらしい。
 花束を抱えたままバスに揺られているうちに、眠くなってしまった。だって、ここのところ試験にイラスト部の活動にと忙しかったから。


 学校では笑い話のネタにされているけど、私、高棚環たかたな たまきの前世はネコだったの。
 こういう自己紹介をすると、誰もが笑う。
 そして、信じてくれない。
 でもね、ウソじゃない。
 だってね、中学二年生、十四歳の今から、順番に記憶を辿って行くと……ネコだった時間にまで、きちんと遡れるもの。

 私の飼い主は、シュウさんという大学生で背の高いお兄さんだった。私の飼い主さんになってくれた初めの頃は元気だった。一緒に近くの堤防を走った覚えがある。
 でもね、重い病気を患っていたらしくって、だんだん部屋の中に籠もったままになって、最後はベッドから起き上がれない日もあるほどだった。
 それでも、優しい人だったの。
 毎日遊んでくれたし、食事や新鮮なお水も欠かしたことはなかった。
 寒い冬には一緒に寝たし、読書家のシュウさんの膝の上が私のお気に入りの場所だった。

 春には、二階のシュウさんの部屋には桜の花弁はなびらがいっぱいに舞い込んで来た。それは見事な桜の大木だったの。桜の枝先は淡い色の花をたくさん載せて、窓から飛び移れたほど近くまで伸びていた。
 淡い桜の花の中で、大好きな優しい人の膝の上で、ゆっくりと居眠りしていた。
 幸せな温もりの場所だった。

◇   ◇


 ――今の姿の私に生まれ変わってからも、私は……あの桜の大木を探していた。
 物心ついた頃には、私の「大きな桜の木探し」は始まっていたらしい。何でも、幼稚園の入学式の時にも、小学校の入学式の時にも、校庭の桜の木の下で「ここじゃない」って泣いてお母さんを困らせたらしい。

 小学四年生、春の写生大会の時に描いた絵が銀賞になった。絵を描くことが好きになったのは、この頃からと思う。
 私が描いたのは、記憶の中の春の景色だった。だから、「銀賞」だった。写生大会でどこにもない桜の木を描いたのだから。
 そのとき、大賞を取った隣のクラスの男の子とけんかになった。
 ――つまり、私が「ルール違反で銀賞なのが気に入らない」ってことらしかった。誰が見ても、私の絵の方が綺麗だった。校長室前の廊下へ額縁に入って飾られたのも、私の絵の方だった。
 金賞の絵の方は、展覧会が終わるとすぐ本人へ返してもらったらしい。
 だから、気に入らない。
 私は、賞なんてどうでも良かったけど、気が短いので、文句を言われたら別のクラスの男の子だってかまわずけんかしてしまった。
 結局、職員室へ呼ばれてふたり仲良くお説教を喰らった。
 その時、ふと思い出したように、教頭先生が言ったの。
「この桜、見たことがある」って。
 けれど、先生は見覚えがあるものの、どこで見たのか思い出してくれなかった。十年以上、昔に別の小学校で担任を持っていた頃の話らしいけどね。

◇   ◇


 それから、私は――記憶の中の絵を次々と描いた。特に、春先には桜の絵を描いて、それを新聞やインターネットの桜の名所情報と見比べたりもした。似てると思った場所には、お父さんにお願いして連れてってもらったりもした。でもね、シュウさんの家と桜の大木は見つからなかった。
 どんなに探しても、桜の木が見つからない理由は、簡単だった。今の時間の満開情報をいくら探しても、絶対に見つからない桜のだったんだもの……


◇   ◇


 バスが止まった。
「お嬢さん、終点ですよ」
 運転手さんが振り向いて呼びかける声で、目が覚めた。元々がネコのせいよね、私ってば春先は眠くって……

 五百円と十円をぽとぽと支払って、バスを降りた。
 バス停で振り向く。
 新しいタイルの家、古びた木造の家が入り混じって建つ緑の丘の途中に、大きな枯れ枝ばかりの大木が立っているの。

 ため息をひとつ。
 それから、深呼吸を一回。

 気持ちを整理し切れてないけど、ううん、それをするために、歩き始めた。
 私は、今日、シュウさんと過ごしたあの桜の木の下へ還るの。


 二月七日――

 文芸部の部室に訪ねて行くと、三年生の藤井先輩はにこやかに出迎えてくれた。
「お世話になります」
 スケッチブックを抱えたまま、ペコリとお辞儀おじぎした。
「ふ~ん。あなたが、そおなの」
 鼻を鳴らす声とともに、先輩の眼鏡越しの視線が身体に巻きついて来る。ちょっと、ため息。そりゃあ、私には変なウワサがあるらしいから。
「あの……」
 困ったような声を出す。
「ああ、ごめんなさい……こちらこそ、お世話になっています。卒業制作では大量発注に応えて頂きありがとうございます」
「へ?」
「あら、聞いてなかった? 草子そうこには、ちゃんとお礼を……って頼んだのに」
 聞けば、文芸部の卒業制作となる会誌のために、イラスト部に大量の挿絵さしえを発注したそうなの。それも、私を指名で。
 お菓子を持ってお礼に来てくれたって言うんだけど……私、聞いてないぞ。
 そういえば、急に忙しくなったように思うし、草子先輩がお菓子をいっぱい持ってたような気もする。

 中へ通されると、文芸部は意外とさっぱり片付いていた。絵の具や筆やらでぐちゃぐちゃのイラスト部とはかなり違う。
 スケッチブックを手渡すと、藤井先輩はテキパキとスキャンして、パソコンを叩いた。ほんの数分後には……
「できたよ。確認してみる? ペーパーか携帯で見れるはずだよ」
 私は、スカートのポケットに突っ込んでいた電子ペーパーを引っ張り出した。
「こんなのなら、ありますけど」
 A6版の薄いペーパーを藤井先輩は面白そうに眺めた。
「ふぅん。こいつが電子ペーパーかぁ。最近の機器にはうといもので……どうするの、これ?」
「全面タッチパネルです。アドレスとかの入力は指で適当な場所に文字を書いてください。私のクセ字を覚えてるから、出来れば丸文字まるもじで書くと認識しやすいと思います」
 さすがに文芸部の三年生ともなると普段からパソコンを使い慣れているせいね、コツされ解れば後は早かった。私の機械なのに、あっという間に使いこなしている。
「どうぞ……」
 あ……
 私の掌の中に浮かび上がったのは、満開の桜だった。透明な樹脂フィルムの中で電子インクが描き出した、私の過去の記憶を紡いだ絵。透明水彩で描いたせいか、紙の上よりも電子ペーパーの中の方が、記憶の中の光景に近かったの。
 つんつんと、突かれて我に戻った。
「描いた本人でも固まることがあるんだ」
 いや、それは……
「ほら、環さんの絵って構図がネコ視線だから、もの凄いローアングルとか、狭い隙間越しとか、第一印象のインパクトが強いらしいの」
 やっぱり、ネコって言われてるんだ。
「秋の文化祭製作で、うちの部のオンライン小説の電子雑誌へ試しに数点使ってみたら、色々と反響があったの」
 それで、二十枚も注文が来たんだ。何でも、オフセット印刷版と、オンライン版ではイラストを一部、変えてみたりとか、贅沢なこともしているらしい。
「環さんには、お世話になってますから。情報収集用に掲示板も付けるようにって、草子から聞いてます」
 文芸部へお願いに来たのは、草子先輩の紹介だった。「すでに、文芸部、藤井部長の了解を取り付けてあるから、後はタマちゃんがスケッチブックを持ち込むだけ」と言われて、とにかく走って来てしまったの。
 ふいに、藤井先輩に手を握られる。
 へ?
「……ね、高棚環さん、二年生になっても、イラストよろしくね」
 先輩ににっこり微笑まれて、私はうなずくしかなかった。

◇   ◇


 うちの学校は校風が自由で、特にクラブ活動が盛んなの。ところが部費と部室と新入生の数には当然、限りがあるから春先には獲得合戦になるの。
 部費に関しては、体育系、それも特に野球部が金喰い虫なので、私たち文科系クラブはしわ寄せに悩んでいる。
 さらに、部室となると、今度は文科系クラブの間で奪い合い。ただし、文科系らしく戦いは水面下で起きているらしくて、一年生の私はバトルの現場を目にしたことはないけど。

 私が所属しているイラスト部は、本当は正式には認められていないクラブなの。だから当然、正式には部費はなし。私を除く全員が他の部との掛け持ち。部室は、とある事情により解散した新聞部の跡地を勝手に使っている。
 だから……かな?
 イラスト部は学校内のあらゆるイラストに関する需要じゅようを一手に引き受けているの。もちろん、秋の文化祭には独自の作品展示もするけど、それ以外は専ら他からの下請したうけ仕事ばっかり。その下請け仕事の対価として、特別に部費を支給される仕組みになっていた……と知ったのは、最近のことだけど。

 図書室だより、保健室だよりに始まり、球技大会や、春の遠足のお知らせなどの学校行事パンフレットはもちろん、体育会系クラブの試合のお知らせ、さらには茶道部のお茶会の看板描きまで注文が来るの。
 唯一、絶対に注文が来ないのは、冷戦状態の美術部だけね。特に、私は一学期まで美術部にいたから、よけいに裏切り者扱いされてるの。だって、この学校の美術部が油絵限定とは知らなかったの。私が絵を描くのに使う画材は、透明水彩だから。
 ……こんなことをいうと妖怪ネコ娘と言われてしまうけど、私ね、初めて会った人でも、第一印象でその人が「犬派」なのか「ネコ派」なのか解るの。
 美術部部長は、完全に「犬派」だった。何でも家には体重三十キロのブルドックがいるらしい。

 それでね、とにかく……イラスト部唯一の専属部員である私には、最近、やけに発注がいっぱい来るようになったの。
 理由は、文芸部の部室へ来て、何となく解った。
 卒業制作の出来具合は、新入生勧誘の成果にがるの。だから、文芸部の皆さんは小説に透明水彩の挿絵が欲しいみたい。
 ……透明水彩って、色彩が淡いから、背景画にちょうどいいわって言われると、少し寂しい気がするけどね。


 二月十七日――

 ストーブに載せたやかんが、白い湯気を吐いていた。卒業式間近の騒がしい校内で、保健室だけが、静かに切り取られている。
 イラスト部の部室は、内緒(または公然の秘密)で勝手に使っている場所だから、卒業式などの学校行事がある時期になると、準備室や倉庫にするために、私たちは追い出されてしまう。
 この日は、保健室を借りてイラストを仕上げていた。例の文芸部オンライン小説向けの挿絵イラストが残っていたし、保健室だよりや、購買部からは新入生向けの新生活のお知らせパンフにもイラストを描く依頼が飛び込んで来たの。
 イラスト部専属は一年生の私だけ。お陰で急がしいったら。
 イラストを書く合間に、電子ペーパーを開いて、桜の絵にリンクを張ってもらった「探し場所情報掲示板」を眺める。

 ――当サイトに素敵な挿絵を提供してくれるイラスト部一年生の「前世がネコさん」より、「この絵の桜の木を探してください」とのご依頼がありました。
 心当たりの方は、こちらの探し場所情報掲示板へお願いします――

 はぁ……
 ちょっと、ため息。
 草子先輩に教えられてすぐ、よく考えずに文芸部に乗り込んだのは失敗だったと思う。最低でも、もっと無難なハンドルネームを考えておくんだった。
 ため息をつきながら、大ハズレ情報ばかりが並ぶページを捲っていると、突然、指が止まった。
「ここ、知ってる……」
 ネコ視線で描いた私の絵とは違い、遠景で撮影された写真だった。遠くに私が描いたのと同じ桜の大木があり、近景には菜の花やたんぽぽがいっぱいに咲き乱れる堤防が写っていた。何より、桜の大木の傍らには、記憶の中で私の家だった場所が、赤い屋根の二階建として鮮やかに写っていたの。

 添えられている住所は、平成の大合併でなくなってしまった町のもの。写真はその町が合併以前に出版した町史の中で、「我が町の桜の名所二十選」として紹介されていた写真らしい。色あせた感じのしない写真は、いつものものだろうか。
 ――私が、今、十三歳だから、それよりも以前なのは確かなはず。
 桜の淡いピンクに見え隠れする赤い屋根が、消えてしまった温もりとともに、思い出の中だけにある、あの景色と一緒だった。
 だから、少しだけ泣いてしまった。

 とりあえず、その写真のページを表示ロックした。電子ペーパーは電源を切っても表示を維持できるの。藤井先輩いわく、オンライン小説の世界を変えた機械らしい。通勤電車や待ち合わせ、寝起きの枕元など、あらゆる時間と場所からアクセスが入るようになったとか。後は、綺麗なイラストさえあれば文庫本とも互角に張り合えるとか……って藤井先輩は考えているらしいけどね。

 私にとっては、割引券やポイントカードのための機械だけど。スイッチ入れてポケットに突っ込んたまま街を歩くだけで、あっちこっちのアクセスポイントから、無料のタウン情報誌や、お菓子屋さんの割引クーポンを読み込んでくれるんだもの。パソコンは何でも出来る反面、重いし、電気がすぐ尽きちゃうし、転んだら壊れてしまうから、こうはいかないものね。

 四月九日――

 私が探し続けていた場所は、住宅地になりかけの小さな丘の途中にあったの。
 ううん。
 もう、なくなっていた。

 幹の半分までもが真っ黒に焼け焦げた桜の木だけが、微かに記憶の中の景色と符合するの。
 新緑の垣根も、暖かな縁側も、私を出迎えてくれる優しい笑顔もない。片付けきれず残された基礎石や焼けた瓦の破片や焦げた木っ端くずが、十四年前の桜が満開の夜に何が起きたのかを教えてくれる。


◇   ◇


 十四年前の四月九日――

 これは夢なんかじゃない。
 悲しい記憶として、私の心に焼き付いているの。
 幼い頃は、怖い記憶のためか、忘れていた。
 たぶん、思い出せないように、心の中で記憶の引き出しがロックされていたんだと思う。
 思い出したきっかけは、小学六年生の冬。
 古い木造だった音楽室が、夜中に火事になったの。原因は漏電らしかった。私の家はマンションの七階だから、学校の家事はベランダからも見えた。
 めらめら揺れる赤黒い炎と消防隊や警察やの喧騒が、引き出しの鍵を開けてしまった。
 それは、温もりの場所を失った夜の悲しい記憶だった。

◇   ◇


 サイレンが聞こえた時、いまと同じ「環」という名の子猫だった私は、朧月の下をぼんやり夜の散歩をしていた。ブロック塀伝いにご町内をぐるっと一周出来るコースを見つけて間もなくのことだったと思う。
 慌てて家に引き返した。

 立ち昇る赤黒い炎と、きらきらと金色に輝く火の粉と、舞い狂う桜の花吹雪の中で、桜の大木が揺らめいていた。
 とても美しい有様だった。
 雪のように白く淡い花弁が、炎の熱に触れた途端に、火の粉に姿を変えて輝くの。
 妖しくって不思議な光景だった。
 大切な温もりの場所が燃えているのに、でも、今、記憶の中で何度見ても美しいと思えてしまう。私は、たぶん、馬鹿なんだと思う。

 おばあさまの声がして駆け寄った。消防団の人たちに必死に何か話していたの。
 私は、それを聞いてしまった。

 ――シュウさんがまだ、燃えている家の中にいる!

 私は、私のための出入り口だった勝手口の小窓から飛び込んで、シュウさんの部屋がある二階へ走った。ネコにしては、凄いと思うけど、勝手口は風上だったから、煙も炎もまだ大丈夫だったの。
 だけど、階段を駆け上がった勢いで、いつものようにドアの下に開いた、私専用の潜り抜け穴から飛び出した途端に、固まってしまった。
 お気に入りのお昼寝場所だった部屋は、炎に包まれていたの。赤い炎がめらめらと絨毯を這う。カーテンが不思議な朱色に輝いている。部屋全体がストーブのような熱に包まれていた。

 ――助けなきゃ、私がシュウさんを助けなきゃ……

 炎の向こうで、優しい声がした。名前を呼ばれたのか、逃げろと言われたのか、聞き取れなかった。
 でもね、そのとき、私は子猫だった。
 気持ちがどんなに焦っても、身体が言うことを聞かなかった。
 炎の朱色を見た途端に、なす術もなく固まってしまったの。

 ……私の記憶は、ここで途切れている。次に覚えているのは、三歳の頃に、幼稚園でお遊戯をしている場面だった。確か「オオカミと七匹の子ヤギ」で子ヤギの役だったはず。
 今、思い返してみると、シュウさんを助けようと部屋に入ったものの、動物だけに炎が怖くて硬直している間に一酸化炭素中毒で死んじゃったんだと思う。


◇   ◇


 四月九日――

 花束を抱いたまま桜の花を見上げた。少しだけど、黒焦げの桜の木は、それでも細い枝を伸ばして雪のように白い花を咲かせていたの。
 どういう訳か嬉しくって泣けてしまった。

 しばらく、桜の木の下で花束を抱いたまま泣いていた。そうしたら、後ろから懐かしい声がしたの。
「あの……お嬢さん、どちら様で?」
 おばあさまだったの。十四年も経ったけど、少し白髪が増えた気はするけど、お元気そうだった。
 抱きつきたい気持ちを必死に押さえ込む。
 小学校以来、妖怪ネコ娘扱いされて来た日々が、私を学ばせている。
 それでも、勇気を出した。
 信じてもらえなくっても、かまわない。
「あの……おばあさま、私、あの……」
 声が小さくなる。
 ええい、私、根性見せなさいっ!
「あの、お久しぶりです、私、環です」
 恥ずかしくって、私は真っ赤な顔をしていたはずと思う。

 最初は、半信半疑のおばあさまも、私が十四年前のあの家のことについて、あまりにも詳しく話すものだから……それに、話しているうちに、私が泣き出してしまったから、とうとう信じてくれたの。

 おばあさまの現在の家は、この桜の木のある丘から、少し歩いた場所にあった。小さめの家に案内してもらい、それから、おばあさまとお茶を飲みながら、アルバムを眺めた。
 子猫だった頃の私とシュウさんの写真もあったの。焼け残ったわずかな写真の一枚を、おばあさまは私にくれた。
 さすがに申し訳ないので、パソコンに読み込んでから後日にお返しするということで、お借りしたけどね。
 それでも、おばあさまがあの頃と変わらない優しい人のままだったのが、嬉しかった。
 それにもうひとつ。
 新しい家にも、子猫がいたの。
 私がその子猫を抱っこしている姿を写真に撮ってもらい、おばあさまに差し上げた。

 最後に、花束を桜の木の根元に残して、私は短い不思議な里帰りを終えた。

◇   ◇


 十四年前、あの春の夜――子猫の私が死んだその朝に、今の私が生まれたの。
 なんだか、不思議な気がした。
 そして、気づいたの。
 私の家の七階のベランダから、遠くでちっちゃくだけど、シュウさんの家の桜の大木が見えることに。
 ずっと探していた場所が、実は見慣れた景色の片隅にあったなんてね。

 だからね、思うの。
 もしかしたら、シュウさんも、生まれ変わって、私の近くにいるかもしれないって。

 桜の木を見つけたから、今度は温もりの場所を探そうと思うの。
 たぶん見つかるよね。

 追伸
 ――この桜の絵に見覚えのある方はいらっしゃいませんか?


(おしまい)









 あとがき

 使用したお題。
 桜、朧月、新生活、卒業、目覚め、きっかけ、春の嵐、咲き乱れる、たんぽぽ、(菜の花)、ネコの恋
 11個。
 ただし、「菜の花」は天菜自身の提出。ネコの恋は、微妙かなと。

 この短編は、CLUB A&Cにて募集の呼びかけのありました「春祭り企画」向けの短編ですが……諸事情により、間に合っておりません。
 締め切り+4日というのは、やっぱり、ごめんなさいと申し上げる他ありません。

 読んでいただき、ありがとうございます。



(2007/05/18...up)

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