さあ、飲もうねっ!
「大惨事魔法少女大戦」参加作

 

 仕留めたと思った途端、手ごたえが消えた。
 白亜の衣装をまとう黒髪の少女の姿が、深夜の大気の中で蜃気楼のように揺らぐ。
 コーンっ!
 左手に持った魔法の大砲から、湯気をまとうアルミ缶を排出した。
 深夜の空中戦。偶然に出会って、容赦なく撃ち合う遭遇戦に突入してから、十分ほど過ぎていた。
 一瞬、銀麦ビールの空き缶が落ちて行く先を見遣る。夜の駅前大通、中央分離帯の植え込みが、空っぽになったビール缶の落ちて行く先だった。誰かの頭に当たらなければ、取り敢えずはオッケーとしよう。
 私の武装は、どでかい魔法の大砲。砲弾は、良く冷えた缶ビール。水鉄砲ならぬ、ビール大砲ね。もちろん直撃したら、無事には済ませない。大脳基底核までアセトアルデヒド漬けにして、どっぷり悪酔い、頭がんがんの二日酔いにしてあげる。
 だからね、ちょっと外れたからって、怯むことなく撃ちまくれ。
「外した。モルト、次、アメパト取ってっ!」
「は、はいっ!」
 真夜中の駅前大通を全力で飛び回っているから、ヘッドフォンを通しての会話でも怒鳴り声になっちゃう。それに、ヘッドフォンの中身は、これでもかってくらいに激しいメタルのビートが鳴っている。
 背中のデイバックに子リスが潜り込んで、もぞもぞ。魔法少女に変身している間だけ、どんな飲み物でも出し放題っていう魔法のデイバック――この素敵アイテムは、モルトっていう名前の子リスが管理している。コイツは魔法少女になった私の……お目付け役? 相棒? 助手? いまいち役に立たない感じはお手伝いさんくらいかな。
「モルト、早くっ!」
「待ってよ、いま、良く冷えているのを探しているから……うわっ!」
 次弾装填に手間取る私へ、白い少女が容赦なく撃ち込んで来た。今夜、空中戦の相手になった白亜の魔法少女は、見た目の優雅さに反して判断が早い。ガラスのように鋭利な氷の破片が、連続で私を掠めた。
「モルト、大丈夫っ?」
 急旋回したから、背中の子リスを落としてないか、一応、心配してあげた。
「はいっ、アメパトだよ。良く冷えてる」
 返事の代わりは、キンキンに冷えたパトワイザーの赤いアルミ缶。子リスは私の栗色の髪にしがみ付いている。
「ありがと……次は、プレミアムワルツよ」
 予め次の缶を指定しておく。だって、この子リスはちょっと手際が悪いんだもの。
 プルタブを引き空ける。残念だけど、泡も香りを楽しんでいる時間はないよ。ひとくち含んだら、左手に捧げ持った魔法の大砲にアルミ缶を装填する。
「もう、ちょこまかと……」
 変身したら、身長が大幅ダウン。ピンクと紅の鮮やかな色彩の衣装に包まれた私は、きっと、十四、五歳くらいに見えるはず。だから魔法の大砲を振り回すのも楽じゃない。対戦相手の少女は、本当に軽やかに月夜を舞っていた。蝶々みたいな目標って、大砲を向けて追い回すのは大変なのよ。
 だから、とにかく撃ちまくる。そして、飲みまくれ。ひとくち含んでから撃っていう「お約束付き」のこの魔法の大砲、射程なら誰にも負けない。もちろん酒量なら、私、すごく自信あるからね。ビール色の魔法弾で泡まみれにしてあげる。
「ルージュ・ノート、待って、テレビ塔っ!」
 いい気になって、飛び回る白亜の魔法少女をがんがん攻めていたら、耳の後ろでモルトが、私の恥かしい魔法少女名を呼んだ。
 へっ? えっ!
 スーパーカライのビール泡をぶっ放した直後に気づいた。対戦相手の魔法少女は、公園の中央に建つ銀色のテレビ塔を背にしていた。
 流れ弾がテレビ塔を掠めた。
 危ない。あぶなーい。はあ。アナログ放送終了でアンテナを降ろしていたから、外れてくれた。もしも、テレビ局の放送アンテナを吹っ飛ばしていたら、たくさんの視聴者の皆様に恨まれていただろう。

 白亜の少女も、私と同じく魔法少女。私よりも可憐で繊細な感じの子だった。長く艶やかな黒髪が、街の灯に深夜の満月に、まるで洗い上げた直後のように濡れた光を帯びる。
 白亜色の衣装をはためかせて夜空を舞う姿は、妖精のよう。思わず見惚れてしまうほど。
 だけど速くて強い。
 これは本気にならなきゃ勝てないかも。



 私が魔法少女になったのは、四ヶ月前、とにかく暑い八月のことだった。場所は、今と同じ駅前大通公園。全国各県が集まる物産市に遊びに行った時のことだった。微妙な姿形のゆるきゃらたちが集うステージを見て、どこかの県のコーナーで、鮎の姿のお菓子と、栃の実せんべいを買って……その後の記憶がない。

 急に静かになって、誰もいない変な空間に私は立っていた。
 ここ、どこ?
 見上げると、銀色に輝くテレビ塔だけが、真っ青な空にそそり立っている。
「魔法のクーラーバックは、いかがですか?」
 ふいに隣で声が沸いた。
 見遣ると、子リスがテーブルの上に立っている。そして、しゃべった。
「ようこそ、栗里あやめさん」
 えっ?
 名前を呼ばれたら、ぼんやり頭が急に冴えた。そして、気づいて、声をあげた。
「え、ええっ!?」
 とんでもないコーナーだった。
「な、なんで?」
 どういう訳か、岐阜県と長野県のPRコーナーの間に魔法少女新規募集コーナーがある。
 子リスが偉そうに咳払いをした。
「キミがこの特別な空間に招かれたのは、今日、キミは運命の特異点だから」
 首を傾げる。何それ?
 再び、もったいつけて子リスが咳払いした。ぷくぷく頬袋の顔では全然、似合ってないけど。
「今日、九蓮宝燈をあがったのは世界中でキミひとりだけだ」
 はあ? 確かに、萬子で九面待ち純正九蓮宝燈をツモあがり。でも、あれ、暇つぶしに遊んでいたネットのゲームだよ。
「そこが、問題なんだっ!」
 子リスが私の鼻先を指差した。
「九蓮宝燈をあがった者は、一生分の幸運を一気に使い尽くして死ぬ……不吉な出来事を回避するには麻雀牌を焼き捨てなければいけない。こんなジンクスを聞いたことは?」
 どこがで耳にした気もするけど……
「ネットマージャンの牌を焼却処分することは可能かい?」
 それは、ムリでしょ。だって、あれ、グラフィックのデータだし。
「だから魔法少女だよ。とんでもない悪運は、とんでもない幸運で相殺。さあ、魔法少女になれば、どんな銘柄のビールも飲み放題だよ」
 ぴくっ!
 ばかばかしいと思って呆れていた私の脳裏を、あの金色の泡が弾ける音が満たした。
「ビールって、あのビールのこと?」
 子リスがうなずく。
「お嬢さん、お若く見えるけど、大学生? 二十歳だよね? 良く冷えたビールは大好物だよね?」
 子リスの言葉に、いちいちうなずいた。お誕生日も、成人式も、袴姿も全部完了済み。オートマ限定だけど運転免許もある。(車はないけど……)
 そうそう、思い出して来た。歴史学科ゼミの夏期講習の後、何か美味しい物がないかなあ? と思って、ふらっと、この物産市に来たんだった。変なトッピングのアイスを試食したら余計に喉が渇いたし。
 とたん、真後ろであの美味しそうな泡の音色が響いた。振り向くと、少しだけ白髪混じりのゴッツイ系のおじさんが、中ジョッキを片手に私にウインクした。
「どうだい、俺の後継者になるつもりはないか? 悪い話じゃないと思うぜ」
 誰? 初対面だよね?
「どこかで見たことくらいは、あるだろう?」
 募集コーナーに飾られた、ものすごく可愛らしい写真パネルのひとつに、おじさんが歩み寄った。添えられた説明書きによると――横浜市みなとみらいのランドマークタワーの夜景をバックに、優雅に飛ぶ姿をヘリコプターで空撮した写真らしい。しかも、なぜかカメラ目線だ。
「これ、変身した俺。可愛いだろう?」
 ――!
 驚いた。ひらひらミニスカート、背中にでっかいリボン。ピンクのヘッドフォンに、どでかいピンク色の大砲。何を狙っているんだってくらいに、全部、ピンク系の魔法少女の「雄姿」だった。
「テレビのニュースで見たことある。確か何年か前よ。新宿に現れた大怪獣を……」
「木更津沖から狙い撃ち」
 おじさんは指鉄砲の仕草。私は……弾け続けるビールの泡が気になり始めていたけど。
「飲みたいかい?」
 うなずいた。だって、美味しそうなんだもん。

 ――結局、おじさんと乾杯した私は、そのキンキンに冷えたビールのあまりの美味しさに完敗した。
 そのまま、後でどんなにか後悔しても始まらないのに、その頬袋が可愛いだけの子リスと契約してしまったの。

 そして、モルトと名乗った子リスから、ご満悦顔のご説明タイム。
 オリジナルデザインだっていうピンク色のデイバック。中はクーラーボックスみたいに冷蔵可能。しかも、開けるたびに望んだとおりの飲み物が、文字通り魔法のように良く冷えている。私は、コレに騙されました。
 次が、ピンク色のヘッドフォン。これは、モルトとお揃いのデザイン。戦闘中はこれで会話するらしい。
 極め付けは、ピンク色の大砲。長さ約二メートル。あまりにデカイので取り回しが大変そう。
 変身の仕方はいたって簡単だった。ピンク色のグッズを一式、身に着けて、ヘッドフォンの再生ボタンを押すだけ。
 ヘッドフォン自体にメモリーが内蔵されていて、変身中は選んだ曲がエンドレスで再生され続ける仕組みらしい。
「……何よ、これ?」
 先代、魔法少女のおじさんの趣味は演歌だった。コブシの聞いた声が、クラック気味なオーケストラをバックに朗々と歌い上げている。これは、ちょっとご勘弁。コブシじゃなくってビートを下さい。
 楽曲は後でパソコンから転送し直すことにした。津軽海峡には冬景色が似合う昔の連絡船なんて、もう運航されていないし、天城峠にも新しいトンネルが出来ている。渡るのも、越えるのも、もう、昔みたいな苦労話はないもの。



 対戦相手の魔法少女は、私の大砲が融通の効かないメンドクサイ品物だって、気づいたみたい。捉えたと思うと、背景に間違えて撃ったらマズイものを背負っている。応急ハンズや青島屋、ヤマヤマ電器……駅前大通は周りに高層ビルがたくさんあるから、私には不利な環境だった。
「くそぉ、撃てない。飲めない」
 私の焦りとフラストレーションが臨界点に達した頃合を見計らったに違いない。ふいに、白亜の少女が飛び込んで来た。慌ててかわした。だけど、すれ違いざまに蹴っ飛ばされた。それに……
「取ったわっ!」
 白亜の少女が嬉々としたソプラノで勝ち誇った。その手には、私にとって、とても大切なデイバックが握られている。もちろん、おまぬけな子リスもバックにしがみついたまま。
 やられたっ! モルトごと持って行かれたのは、ご愛嬌だけど。
「さあ、変身が解けた恥かしい姿を、駅前大通をご通行中の皆様に晒しなさい」
 白亜の少女は、きっと、練習しているに違いない決め台詞と共に私を指差した。
 だから、私も合わせて追い詰められているフリの顔色を作った。ひらひらミニスカートのポケットを探る。もしもの非常用スペアに五百円玉を忍ばせてあるの。
「モルトっ!」
 力いっぱいに子リスを呼んで、五百円玉を投げた。モルトにではなく、大通公園の端にある自動販売機コーナーに向けて。
「次弾、変更、おしるこドリンクっ!」
 五百円玉を追い駆けて、ぱっと子リスが宙に舞う。
「えっ! コレじゃないの?」
 デイバックを手に白亜の少女は、驚き顔を隠せないでいた。私がそのバックを大切にしているのは、変身アイテムだからじゃなくて、ビールが良く冷えているからよ。だから、メタルの曲が無限ループするヘッドフォンを、こんこんと指先で叩いて見せた。
 そのヘッドフォンに、間抜けな子リスの声が混じる。
「ちょっと? お酒じゃないの?」
 通信ヘッドフォンの中で子リスの声も驚いて言う。アイツは、私がいつも飲んだくれていると思っているみたい。
「おしるこドリンクよ、急いでっ!」
 あの公園端の自動販売機はお酒を売っていないの。それにね、十二月の夜空をこんな薄い生地の衣装で飛び回っていたら、風邪をひいちゃう。暖かい飲み物が恋しくなるよ。そうでしょ。

 モルトを追って、バス停そばに飛び降りた。
「ご、ごめんなさい。通して下さぁ~い」
 最終バスに並ぶ残業帰りのおじさまの列を横切った。先程からの空中戦を観戦していたらしい。恥かしいことに拍手で迎えられる。
「頑張れよ」
「あ、はい……ありがとうございます」
 さっきから駅前大通の真上で、ビールと氷のぶっかけ合戦を演じていたのに、ご迷惑な私にもみんな意外に優しい。
「ルージュ・ノートっ!」
 子リスの声と共に、私に向けて、あったかいおしるこドリンクのスチール缶が飛んで来た。来たよ。やっと、暖かい飲み物が。寒空にビールばっかりじゃ、お腹が冷えちゃうってば。
「美味しいっ!」
 ひとくちのはずが、つい飲みすぎた。おしるこドリンクは内容量がビール缶の半分しかないことを忘れていた。大砲にスチール缶を放り込んで、真上にいた白亜の魔法少女を撃つ。
「きゃあっ! 何よ、これっ!」
 あずきの粒入りよ。お砂糖もたっぷり。小さくても侮れないカロリーがあるわ。直撃したけど、僅か百ミリリットル以下の砲弾では、決定力に欠けた。
「決めるよ、モルトっ! あったかコーンシュー」
 白亜の少女は月を背負っていた。至近距離で足止めしたから、ここでリーチっ! そして、次の一発で決めてあげる。それなのに……
「あれっ? ルージュ・ノート、大変、売り切れだよぉ」
 情けない声が返る。うそお?
「じゃあ、ホット・ミルク・ココアは? あるでしょ?」
「……売れ切れてるよぉ、ブラックコーヒーしかないって」
 冗談。私、コーヒー飲めない。
 どうしよう。ここで、弾切れなんて、大ピンチ。このまま地下鉄に乗って、お家に帰っちゃおうか……と、本気で逃げ出すことを考えた。
 その時だった。すぐ近くに見知らぬおじさんが歩み寄って来た。
「お困りのようだ。私のでよろしければ差し上げよう」
 とても親切な老紳士が開いて見せた手袋の中身は、コップ酒のガラス瓶だった。
「い、頂きますっ!」
 とにかく深々とお礼。後はひったくるようにして、ひとくち。端麗辛口。冷えた夜空に美味しい。あとは特大の魔法の大砲にガラス瓶入りの清酒を放り込んだ。



 そして、撃墜。
 とにかく、これ以上は目立ちたくないので、公園端の通路から地下鉄駅の端っこにあるコインロッカーコーナーへ。撃ち落した対戦相手の魔法少女を引っ張り込んだ。
 で……
 いちまい気乗りしない戦利品回収タイム。子リスはどういう訳が嬉々としているけど。
 泥酔気味の白亜の魔法少女の子から、ガラス製の靴を取り上げると……やっぱり、あまり見たくないモノが……あの時の「変身が解けた恥かしい姿を」とか言っていた時点で、何となく嫌な予感がしたんだよ。
 変身が解けたとたん、あんなに妖精だったはずの白亜の姿は、おつかれさまの中年サラリーマンに変わった。この繊細なガラスの靴も、かなりの確率で白癬菌(別名、水虫菌)に汚染されているはず。間違えて履いたら、きっと、一生、後悔する。
 不要品に決定。返却を即決。
 私もヘッドフォンの音楽を止めて変身を解除した。どでかいピンク大砲は、ご都合主義的に折り畳み可能だから、デイバッグの中へヘッドフォンと共に仕舞う。コインロッカーに預けていた毛糸のストールを羽織れば、変身解除完了ね。
「はあ~疲れたよ」
 ふいに、拍手が沸いた。びっくりして振り向くと、先ほどの大ピンチを大吟醸コップ大関で救ってくれたおじさんが笑っていた。
 あっ!
「お前、さっき、大先輩である俺のこと、知らないおじさん扱いしただろう?」
 そう。にやにや笑い顔で拍手をくれたのは――あの暑い夏、美味しいビールで私を騙したあのおじさんだった。
「頑張っているじゃないか、後輩。お前さんの凛々しさに感動したぜ」
 また、騙された。親切なおじさまだと、一秒でも誤認した私がおバカだった。

 結局、古くからの腐れ縁とか何とかで、白亜の魔法少女もとい、おつかれ中年さんは、おじさんが回収してくれた。
「ま、竹鼻駅までは一緒だから送って行く。電話したら、駅までコイツの奥さんが迎えに来てくれるから」
 実家がご近所だとか、幼稚園から高校まで一緒に通ったとか……そんな中年オジサン同士の遠い昭和時代の昔話は適当に聞き流したけど。もちろん、不用品決定済みのガラスの靴も返した。
 えっ? 変身アイテムを返したら、再戦? 大丈夫。私、お酒なら誰にも負けないから。



 翌朝――
 ゴミ袋を持って、私は駅前大通にいた。
 そう、盛大にばら撒いたビール缶を拾うためよ。ちゃんぽんで飲みまくったせいで頭が痛いよぉ。

 今日の教訓。
 空き缶は、リサイクル。
 飲み過ぎに注意。お酒は適量を守って、仲良く楽しく。

(おしまい)

藍間真珠様、主催の「大惨事魔法少女大戦」企画に参加させて頂きました。
こんな楽しい企画を用意して頂きありがとうございます。

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