てるてる坊主の気持ち 覆面作家企画3冬 C-10

 さて、まずは自己紹介からだ。
 俺の名前は、「てるてるくん」だ。
 たぶん、だが……智沙が、十四個目につくったてるてる坊主だ。材料は、古くなったハンカチ。頭部の中詰め材には、使用済みの雑巾の切れっ端が混入しているかも知れない。といっても俺の記憶は、智沙が油性マジックで顔を描き終えた時点がスタートだ。今日までに、僅か十八日を生きて来たに過ぎない。それ以外の情報は、全て先代たちからの申し送り事項として了解している。
 そして、こんな話を始めた理由は明白で簡単だ。窓の外を見て欲しい。雨が降っている。今朝、制服姿に着替えた智沙は、不思議な笑顔で俺にこう言った。
「今日の午後は、晴れにしてね」
 そして、傘を持たずに出掛けている。
 これは、極めて危機的な状況だ。十三個にも上る先代からの申し送り事項には、この後、何が起きるのかが記されていた。
 いわく……
「てるてる坊主たちは、自らの運命を知ってなお、紳士的な優しさを失わなかった。貴君におかれても、紳士として自らの時間を全うされることを望む」
 おいおい……
 俺は、作られてベランダに吊るされた最初の夜に、エアコンの室外機の隣でこいつを読んだ。読んですぐ絶句した。

 おそらく貴君も幼少時代には、てるてる坊主の童謡を歌ったことがあると思う。しかし、問題はその三番の歌詞だ。さすがに児童番組などでは二番までしか紹介されない。よいこのみんなから隠蔽された残酷な物語が、そこにはあるのだ。
 ここまで、言えば気づいたと思う。俺の先代たちは、翌日を晴天にするミッションに失敗し、処分されているのだ。智沙は十四歳と思えないほどに童顔で、砂糖菓子のように甘ったるい思考回路の持ち主だが、しかし、お裁縫箱の中にしまわれているラシャばさみだけは残酷なまでに鋭くてよく切れる。いや、俺たちの首が細過ぎるのかも知れないけど。

 さらにもうひとつ。これは俺個人の不満なのだが、なんで俺だけ「てるてるくん」なんだ。先代たちには、なんかよく分からないが、クールっぽいコードネームを与えられている。なぜ、俺だけが、安直な名前なんだ。
 思い当たる理由はひとつしかない。俺の頭の中身が雑巾の切れっ端だってことだ。
 先代たちは、智沙が作った、おそらくは恥ずかしい内容に違いないポエムを書いた紙切れが混ぜてあったらしい。だからだろうか、先代たちからの申し送り書の内容は、どれもが恥ずかしい言葉で埋め尽くされている。
 原稿用紙に余裕がないので、抜粋での紹介になることをご容赦願いたい。

 七代目、「セルニューズくん」からの引継ぎ事項。
「僕たちの姫君の願いは、時にとても残酷だ。透き通るような笑顔とともに、油性マジックで描かれているに過ぎない僕の鼻をつんと触れて……少し舌足らずな柔らかい声が願いをささやく。
『セルニューズくん。明日は晴れにしてね』
 たとえ、二十四時間後の予報が降水確率百パーセントであろうと、姫君は願いを譲らない。秘めたる想いは、氷のように熱くて凍傷を負いかねない。もしも明日の午後、ぐしょ濡れ姿の姫君がはさみを手に現れたのなら、僕はこの細首を喜んで差し出そう。僕たちは、託された蒼穹への渇望を叶えることができないのならば、せめてその代償となるべきだから……」

 十一代目、「カンナムフィアくん」からの引継ぎ事項
「我々の創造主たる少女は、何を求めているのだろうか? 晴れにしてねという言葉の真意である。『ハレ』という言葉は単に天象の晴天のみを指すに留まらない。『ハレとケ』あるいは『晴れの舞台』などの用例からも、日常とは異なる晴れがましい日に対しても用いられる。
 もしかしたら、少女の願う『晴れにしてね』という言葉は一種のメタファーであり、その真意はさらに心理的なものかもしれない。

 さて、そろそろ、ラシャばさみの姫君がご帰宅なさる時間だ。きっと雨に濡れているはずだ。
 言っておくが、俺は、今までのやつらとは一味違う。何せ、頭の中身は台所の油汚れが染み付いた雑巾だ。大人しく首を差し出したりはしない。せいぜい、見苦しく足掻いてみるつもりだ。笑ってもかまわないが、俺のてるてる坊主魂を見届けて欲しい。
 短い時間だったが、ここまで俺の話に付き合ってくれた貴君には、感謝したい。

 ◇ ◇

 ――こういうことに依存している自分は、イヤだった。

 毎朝、七時に目覚まし時計のベルで起きて、ご飯を食べて、七時半に家を出て、学校へいく。たったそれだけのこと。だけど、毎日を少なくとも、お母さんと友達の前で笑顔で過ごすためには……何かが足りなくって、どこかが歪んでいた。
 一年と少し前のこと。お父さんの仕事の都合で、中学一年生の夏に転校した。引っ越してきたこの街には、何か馴染めていない。
 なんて言うんだろう。景色が狭く感じるの。
 引っ越す前に住んでいた町とは全然違う。狭い場所の中に鉄道や道路が集まっているの。路地は狭いし、繁華街なんかビルが立ち並んでいるし、空が急に狭くなったと思う。引っ越す前はよかった。近所の堤防に上がれば、視界全部が青空だった。
 友達作りが難しいことだって知ったのも、初めてだった。
 毎朝、教室でどんな風に挨拶したら良いだろうか? そんな問題の解を探すことから私の毎日が始まるの。転校する前だったら、考えたこともなかった。小さな町の学校だったから、幼稚園年少組以来の仲間が何人もいた。物心がつく以前からの親友がいた。だから、挨拶の仕方なんて考えたこともなかった。
 だから、毎日少しづつ私の心の中が曇ってゆくの。

 ラシャばさみをしまったお裁縫箱に自然と視線がゆく。まるで魔術師に催眠術を掛けられているみたいに、我慢できなくなって、大きなはさみを取り出してしまう。物干し竿からてるてる坊主を外した。右手に握ったてるてる坊主も、冷たく濡れている。
 この子の名前は、「てるてるくん」にしていた。太めのマジックで、ぐいっと太い眉毛を描き、頬にはピンク色のナルトを書いた。元気な笑顔のつもりだった。
 その細い首をラシャばさみの刃先でつまむ。可哀想だと思う。だけど、私の中の歪から湧き出す私の中の黒い雲は、こうしないと消えてくれない。だから、左手に握るラシャばさみに、ぎゅっと力を込めた。

 ――やめろっ!

 ふいに声がした。
 初めて聞いた声だけど、知っている気がした。力を込めても、てるてる坊主の首は切れなかった。
 そして……

 あ……

 ぎゅっとラシャばさみの刃に噛み付いて、私を見上げている「てるてるくん」と目が合った。

 てるてる坊主がしゃべった。
 だけど、私はあまり驚かなかった。たぶん、感情を押し殺すことを毎日繰り返しているせいと思う。こんな出来事にさえも、気持ちが動かないの。
「なんて顔をしているんだ」
 小さいけど怒鳴りつけるような声だ。私が答えないから、「てるてるくん」はさらに続けた。
「どうしたんだ、智沙……いつも笑っているくせに、なんて顔してやがる」
 びくんと身体が震えた。「てるてるくん」は、私の中のキーワードを言い当ててしまった。途端に頬が熱くなった。左手の中のはさみを逆手に持ち替えて右手も添えた。禁止ワードを口にした「てるてるくん」をベランダに投げ捨てて、ラシャはさみを振りかざした。

 ――私が、どんな気持ちで笑っているのかも知らないくせに。

「智沙、パルトゥースとトライシオンは、そうやって潰したのか?」
 容赦ない声が私を射すくめた。なぜ、知っているの?
 そして、続ける。
「セルニューズは、こんな泣き虫のために、首を差し出したのか?」
 やめて……
「カンナムフィアが探していた答えは、そんな泣き顔なのか?」
「――やめてっ!」
 硬い音がした。
 振り下ろしたラシャはさみは、「てるてるくん」の頭をかすめて、ベランダのコンクリートに弾かれた。そして、熱い痛みが右手首に奔った。涙で曇った視界の中で、はさみを力任せに感情のままに振り下ろした。だから、弾かれた刃先が私の右手に触れた。
「――智沙っ!」
 驚いたような「てるてるくん」の声が呼んだ気がした。情けないけど、私は自分の血を見た途端に目眩がして倒れてしまったの。

 ……気がつくと、そこは青空の中だった。小さな椅子があって、私はちょこんと腰掛けて眠っていたの。
「気がついたか、智沙……」
 もう一度、呼ばれて振り返ると、「てるてるくん」がいた。見えない糸で空から吊られているかのように、私の目の高さに浮いていた。さらに、その後ろには十三個のてるてる坊主が同じように、気持ちよさそうな顔で風に揺れている。
「ここは、蒼穹の場所――姫君の心の中の青空です」
 今度は優しい声。「セルニューズくん」が静かに告げる。
「あなたが願った『晴れ』は、この場所のことだったのですね」
 まるで哲学者か、大学教授のような言葉が『解』を見つけたとつぶやく。「カンナムフィアくん」だった。
 我慢できなくなって、私は泣き出してしまった。私はてるてる坊主を壊してしまう訳をみんなに話した。

 最初に壊したのは、「パルトゥースくん」だった。
 転校してまもなく私は、一種のホームシックにかかった。でもね、仕事に一生懸命なお父さんを見ると、それは言ってはいけない言葉だった。お母さんの前では、以前と変わらない笑顔のままでいたかった。
 だけど、二十分の一くらいに小さくなった青空では、私には全然足りなかった。
 代償として求めたのは、ひとりの先輩だった。何となく好きとは思ったけど……だけど、本当の恋じゃなかった。心の中の足りないものを埋め合せるために、無理やりに好きな人を作ってしまったの。
 「パルトゥースくん」の中に隠した紙片には、そんな偽りの恋愛の成就を願う嘘の言葉を書いた。
 もちろん、無理に作った気持ちは長続きしない。先輩は優しくて親切だから、意地悪とかされたりしなかった。だから、余計にダメな自分に嫌悪感がした。嘘の恋心なんて綺麗に片付けてやり直そうと思った。
 ――そうしたら、「パルトゥースくん」が笑っていた。
 許せなかったの。
 「パルトゥースくん」のにこにこ笑顔が……イヤで恥ずかしかったの。ままごとのような偽物にすがった自分の気持ちの弱さが。だから、ラシャばさみを振り下ろした。今日したのと同じように、突き刺して――隠した嘘の気持ちを書いた紙切れごと――めちゃくちゃに切り刻んだ。

 それからだった。
 笑顔の代償に、無くした蒼穹の代償に、毎日の繰り返しの代償に、跳び箱が飛べなかったときも、数学の授業で問題が当たって因数分解が解けなかったときも……
「止まらなくなったの。心の中にある空が曇るたびに、はさみを持ってしまうの」
 それは、まるで私の心の歯車に組み込まれてしまった儀式のようなもの。笑顔の代償にたまってゆく歪を解くための儀式……
「だから、止められない。どうしていいのか、難しくってわからない」
 悲鳴みたいな私の声は、怒鳴り声で途切れた。

 ――簡単なことだ。
 傘を差せばいい。
 えっ……
 「てるてるくん」だった。油性マジックで描いた、太い眉毛の笑顔が私をぎゅっと見詰めていた。そのまま、しばらく睨み合った。 たぶん、ここは夢の中だと思う。だって、てるてる坊主がお話しするとは思えない。だけど、一生懸命に私の壊れかけた心のドアを叩いてくれることが嬉しかった。
 だから、聞いてみた。
「傘を忘れるかも、天気予報が外れることもあるよ」
「置き傘をしておけ」
「それも使い切っちゃったら?」
「誰かに借りろ、出来なければコンビニで買え」
 この子と話すと、きっと元気になれるような気がした。だから問いを重ねてみる。
「私、お小遣いあんまりないよ」
 ちょっと、「てるてるくん」沈黙。何か小声で「五百円のビニール傘を買う金もねぇのかよ」とかぶつくさ。
「……たまには、濡れても、いいんじゃないのか」
「冬の冷たい雨に打たれたら、泣いちゃうかも……」
 また、沈黙。今度は、「智沙の根性なし」とか言ってる。それから一生懸命に答えを考えてくれた。
「……だったら、泣けよ。だいたい、『笑顔の代償』って何だよ。おまえのへらへら笑いは、誰に対する義務なんだ」
 ……今度は私が黙ってしまう。
「智沙、おまえは他人に気を使い過ぎだ。てるてる坊主たちを見ろ。お前に似てどいつもこいつも、へらへら笑って細首を切られて来たんだ」
 私も、他のてるてる坊主たちも黙ってしまう。
「……まったく、まともなのは頭に雑巾が詰まっている俺だけかよ」
 違うもん。
「雑巾じゃないもん。あなたにだって、私、ちゃんとメッセージを入れてあるもの」
 はぁ? と「てるてるくん」が驚いたような呆れたような顔をした。
「この俺の中にも、汁粉ドリンクみたいに甘ったるいポエムが詰まっているのかよ」
「違うよ……メッセージだもの」
「なんて、書いてあるんだ? 俺の頭の中の紙切れには」
「教えてあげない」
「おい、気になる。答えろ」
「どうしてもって言うなら……はさみでチョッキンする?」
 意地悪に笑って見せた。完勝。「てるてるくん」は黙って負けを認めた。

 気がついたら、近所の病院のベッドに寝かされていた。お母さんだけじゃなくって、仕事を早退して駆けつけてくれたお父さんも心配そうな顔をしていた。
 手首に包帯をされていた。
 病院から自宅までは、お父さんがおんぶしてくれた。ずいぶんと久しぶりだった。まだ小学生だった頃に、夕焼けの堤防をおんぶされて歩いたのを思い出した。そうしたら、久しぶりに素直に泣くことが出来た。

 それから、毎日、鞄に「てるてるくん」を吊るして学校に出掛けるようになったの。
 ちょんと「てるてるくん」の鼻をつっついてささやく。

 ――明日もがんばろうね。

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