転移門の守人 #1
ひとつめの物語~ #1 時空転移門へ



 それは、午前の授業が終わってすぐのことだった。
「沙加奈・イア・アズレイアさん」
 いきなり、フルネームで呼ばれてびっくりして振り返る。
 そこにいたのは、教頭先生だった。
 とたんに、寒気が走る。
 私みたいに成績の悪い生徒が、教頭先生呼ばれる時はろくな話ではない。
 三百人以上いる生徒全員の顔と名前を、教頭先生が暗記しているという噂は、やっぱり本当のようね。
 それに、フルネームって、どうもね。
 いつもはね、先生方からは、ファミリーネームでアズレイアさんと呼ばれているし、友達からは沙加奈さんかな。あと、親友のカルアなんかは、グッピーっていうけど……

 でも、それが大変な出来事の始まりだった。
 厳しい表情の教頭先生から手渡されたのは、黄色い電信紙だった。

 「祖母、緊急入院、すぐに戻れ」

 う・そ・よ……

 電信紙を手にしたまま立ち尽くしてしまった私に、教頭先生の声が降ってくる。宿題を忘れたときとは違う優しい声だった。
「すぐに支度しなさい。驚かれることはわかります。でも、落ち着いて、いますべきことをしなさい」
 急いで、おばあちゃんの所へ帰らなきゃ……
 でも、それには大きな問題があるの。
「大丈夫ですよ。後で職員室へ来なさい。時空転移門じくうてんいもんの使用申請書を出しておきます」
 困っている私の表情を察してくれたらしい。
 時空転移の門というのは、私みたいな異世界からの留学生にはなくてはならないもの。
 そうなの。紹介が遅れたけど、私はここじゃない別の世界から魔法の勉強に来ているの。
 ……と言うより、おばあちゃんに放り込まれたに近いかな?
 おばあちゃんは、向こうの世界の時空転移門の守人もりびとをしているの。だから、私がその後継ぎってことになってて……しっかり、勉強しなさいって。

 大慌てで荷物を鞄に詰めた。身の回りの小物と着替えと参考書と……そんなところ。よく考えている時間はなかった。職員室へ行くと、すぐに時空転移門の使用申請書を渡してくれた。それに、馬車まで校門へ呼んでくれていた。

 馬車へ飛び乗ろうとしたとたん、呼び止められた。
「グッピー、どうしたの? 急に帰るなんて」
 親友のカルアだった。私のことを聞きつけて飛んできたらしい。
 私は、何て答えていいか迷ってしまった。
「ちょっとね、おばあちゃんが入院したらしいの」
 カルアは、かなり驚いた様子だった。そして、私の手を握ってくる。
「いつ、学校に戻って来れるの?」
「えっと、たぶん、そんなに時間かからないと思うけど……」
「本当に?」
「う、うん……」
「本当にだよ。だって、グッピーは転移門を通れるからいいけど……」
 そのとき、やっと、カルアが何を心配しているかわかった。
 私は、将来、一応は時空転移門の守人になる予定だから、特別に通行許可が貰える。けれども、カルアは転移門を通ることは、まず無理なの。
 異世界への扉は、残念だけど限られた一部の人にしか開かれていない。
 転移門を開き異世界への回廊を作れる守人が、それぞれの転移門ごとに数人しかいないことが一番の理由ね。
 それに、世界を守護する結界に穴を開けているわけだから、転移門はとても厳重に管理されている。
 だから、王族方や元老院議員、あと、騎士団でも一部の人くらいしか自由に使えない。
 それ以外は、私みたいな留学生とか科学者とか……誰かの証明付きの申請書があれば使える人々がいて……一般の旅行者は、抽選だから、競争率が高くてたぶん当たらない。
「うん。大丈夫だって」
 出来るだけ余裕の微笑をつくって見せた。
「本当だよ」
 カルアの手を握り返していう。ようやく、信じてもらえたらしい。
「じゃあ、グッピー、来週の追試、一緒に頑張ろう」
 カルア、一言多いぞ。


 郊外にある白い大理石の神殿の中に、時空転移門は設けられていた。
 学校から、先に電信が行っていたらしい。
「至急便の魔法学院の生徒さんって、あなたのことかしら?」
 事務局へ申請書を提出しに行ったときには、もう、学校から連絡があったらしい。
「ミ・デュアルア魔法学院中等部2年、沙加奈・イア・アズレイアですけど」
「もう、準備を始めてるわ。すぐに跳べるはずだから、案内するね」
 事務官の女性は、あっという間に通行許可証を発行してくれた。いつも、こんなに早いと嬉しいんだけどね。
「跳び先がアズレイア門。風の回廊で繋ぐ……これで、準備してるけど、よろしいですね」
 うなづくと同時に、私はちょっと驚いた。
 時空転移門を学校と実家の往復で何回か使ったけど、普段なら穴が開くほどに申請書類をチェックされる。書類審査をすっ飛ばして転移門を開くなんて……


 大理石で造られた巨大なホールの床に、転移の魔方陣が描かれている。そう、これが時空転移門なの。
「えっ? 回廊が繋がらない?」
 アズレイア門側に障害が発生してるらしくて、時空転移門は正常に開かない。
 スィア門の守人は、大きな風魔法の杖を携えたまま、首を捻っている。
 えっと、また、説明が必要ね。
 スィア門というのが、いま私がいる世界の時空転移門のことで、おばあちゃんが守人をしている時空転移門がアズレイア門なんだ。転移門はどれも名前があるの。
「あの、繋がらないって、どういうことなんですか?」
 困った様子のスィア門の守人に尋ねてみる。
「スィア門を開いて、回廊を展開するステップまでは正常に進むのですが、アズレイア門へ接続できないのです」
「それって、アズレイア門が応答をしないってこと?」
 スィア門の守人は、私のことを知っているらしく、聞き返してくる。
「あなた、アズレイア様のお孫さんでしたね? 外部参照用のパスフレーズを変更したとか、そんな話を聞いていないでしょうか?」
 どうやら、他からの接続に応答するときに使うのパスフレーズが、変更になっていると考えたらしい。
 私は首を振った。おばあちゃんのパスフレーズの管理は、細かかった。少なくとも相互接続協定をちゃんと結んでいる先には、事前に連絡ぐらいはするよ。
 私は、心配になってしまった。
 こんなんじゃ、おばあちゃんの所へ帰れない。
 それに、おばあちゃん、もしかして、そんなに病気がひどいの?
 半年前に会ったときには、すごく元気だった。
 転移門で何かを送るときに掛かる魔法力は、送付側の負担と決められている。受取側は、ほとんど負荷がない。だから、送付側には必ず守人が必要だけど、受取側には魔方陣さえあれば大丈夫なの。おばあちゃんが入院したとしても、よほどのことがない限り、アズレイア門は開くはずなのに……
 かなり迷ったけれど、私が知っているパスフレーズを試してもらうことにした。
 スィア門の守人を招き寄せて、背伸びをして、耳に口を近づけて囁く。
「暗証文《時の風見鶏に問う、風の精霊が見えるか》を試すのですか? あの、これって……私に教えていいのですか?」
 スィア門の守人は、驚いた様子で、でも小声で聞き返した。
「えっと……確か、セカンダリ・ルート・パスだから……内緒ね」
 おばあちゃんにバレたら、すごく怒られるよぉ。
 私が知っているのは、身内だけに限定の……鍵で言えばマスターキーに近いパスフレーズなの。これなら、何が起きているのかわかるはず。

 スィア門が再び開かれた。風魔法で編み出された回廊が、目では見えないんだけど展開されたみたい。
 少しの間、スィア門の守人は、アズレイア門を調べていた。
 何かを見つけたみたい……
 急に、慌てて回廊を消して接続を解除した。
「ちょ、ちょっと、待っててね……」
 スィア門の守人の表情が変わった。私にそう言い置くと、かなり慌てた様子で事務官の女性に、何か指示している。
 事務官の女性も、表情が変わった。そのまま、事務局へ走っていく。
 時空転移門は急に慌しくなった。私は、だんだん不安な気持ちになりながら、待つしかなかった。

 スィア門の守人が、ようやく戻って来た。
「あの……いったい、何があったんですか?」
 大事になってしまった様子だから、私は胸が不安に高鳴るのを押さえながら問いかけた。
 スィア門の守人は、困った様子で言葉を選んでいる。
「驚かないで下さい。アズレイア門に何か重大な事故があったらしいのです」
「そんな……事故って、何があったんですか?」
 こんなに怖いと思ったことは初めてだった。
「アズレイア門は……重度の機能欠損のまま封印されています。事故警報を発信しているのですが、それすら正常に伝達できないほど破損がひどくて、原因までは……」
 どこかで、性格の悪い死神が大きな鎌を持って、にやにや笑っている……そんな気がした。
 私が、ちゃんと話を聞けたのは、ここまでだった。

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