転移門の守人 #2
ひとつめの物語~ #2 例外手順跳躍

 私が気絶して事務局の医務室に寝かされていた間に、色々とあったらしい。

 スィア門の事務局は、王都にある結界管理局へ事故の連絡を上げた。
 さらに、この世界にある他の時空転移門だけでなく、関係を持っている全部の異世界の時空転移門へも連絡を回した。
 なぜなら、時空転移門の事故は、大変なことになる可能性があるの。
 世界を守る守護結界に開いた唯一っていっていい扉が時空転移門だから、これが壊れたら、異世界から妖魔が侵入してくるかも知れない。
 とにかく、アズレイア門は、全面的に接続禁止になってしまった。
「全回廊閉鎖なんて規模の事故は、ペザの事件以来のことですわ」
 身体が温まるように薬湯を出してくれた事務官がいう。
 ペザ門の事故の話は、地理や現代史の時間で少しだけ習った。
 何かの事故で、あるいは誰かが故意に、呪詛世界への扉を開いたしまったらしいの。ペザという石の都で有名だった世界は、砂の河の呪いに侵入されて滅んでしまったらしい。
 そのときも危険だから、ペザ門への接続は禁止になった。

 おばあちゃんに限って事故なんて絶対ないと思っていた。
 だって、おばあちゃんは特別で、二つの魔法が使えるの。だから、風だけでなく、地の回廊も作れるから、田舎だけど、アズレイア門は数多くの異世界と繋がっている。
 えっと、また説明だけど……
 普通、魔法使いはひとつ系統の魔法しか使いこなせない。
 例えば、スィア門の守人は、風の魔法使いでしょ。
 私はまだ中等部の2年だから、火、水、地、風の全部を学んでいるけど、これは初歩の初歩だから……
 来年には、将来の希望進路と学力考査の結果を見比べて、高等部へ進学するときに、何を専攻学科にするか決めるんだけど……
 この話題は、私は苦手だよ。
 とにかく、時空転移門は守人がどの魔法系統に属しているかで、どの種類の回廊が開けるかが決まる仕組みになっている。そして、基本的には送付側と受取側、間を繋ぐ回廊が同じ系統で揃っている必要があるの。

 だから、アズレイア門を迂回して私のいた世界へ帰るのは、すごく大変なことになってしまう。
 事務官の女性が、時空転移門のリンク系統図を持って来てくれた。
 リンク系統図といっても、見方は簡単だよ。
 四つの魔法系統を、例えば、火は赤線で、水は青線で……そんな感じて塗り分けてある。そして、魔法の到達距離が楕円で囲ってある。
 だから、同じ色でしかも到達距離内にある所を順番に辿って行けばいいんだけど……
「こうして見ると、長距離転移でアズレイア門なしって結構、きついんですね」
 事務官の女性がため息混じりにいう。
 私は改めて、おばあちゃんの凄さが実感できた。
 右下に位置するアズレイア門を中心に描かれた到達範囲の円は、数百の転移門のほとんど総てを範囲に収めている。しかも、風と地の回廊が対象だから、転移可能先は、なんと百四十二箇所……他所はどこも一桁だっていうのに。
 そして、スィア門は八箇所あった。これでも、多い方だよ。

 私のいた世界には、時空転移門は二つしかない。もうひとつの時空転移門アルトシア門は、地系統なの。スィア門とは直接は繋がらないから、どこかで風系統から地系統に乗り換えないといけないんだけど……
「ここで、風系統のカイハ門と、地系統のネイレルド門を乗り継いで下さい。同じ世界にあるから馬車で移動できますが……」
 事務官の女性はリンク系統図を蛍光ペンで塗ってくれた。
「どれくらい、離れてるの? ここと、ここって」
 私は、図面の符号で描かれた二つの門を、指差して尋ねた。亜空間を魔法の波動の伝達距離で示したリンク図では、普通の単位での距離はわからない。
「ちょっと待って下さい……あら? 二百四十五リーブ離れています……馬車では、一週間は余裕でかかりますね」
 時空転移門の台帳らしきものを捲ってから、事務官は気づいたらしい。
「それじゃあ、いつ、戻れるかわからないよ」
 私はため息をついた。

 でも、本当に大変なのはこれからだったの。

私が弱りきっていたところへ、願ってもない話が舞い込んで来たの。
 でも、それがやっかいで。
「アルトシア世界側の強い要請があって、特別な許可が下りたんです」
 スィア門の守人がいう。
 えっとね、いい忘れてたけど私がいた世界の名前が、アルトシアっていうの。
 でも、話の中身を聞いてちょっと驚いた。
「例外手順接続……ですか?」
 私は思わず声を上げてしまった。だって、風系統のスィア門と、地系統のアルトシア門を力任せに繋ぐっていうんだもの。そんなこと、出来るの?
「理論上は可能です……ただし、問題があります」
 スィア門の守人が説明してくれた内容は、かなり過激な方法だったの。
 まず、スィア門と、アルトシア門の両方から、それぞれの回廊を展開する。
 次に、亜空間の中で、二つの回廊を衝突させる。
 すると、難しい数式はパスだけど……ごく短い時間だけど二つの門が繋がった状態になるらしいの。
 問題は、こんな乱暴な方法で作った回廊が、大丈夫か? そこだけど……
「確率の問題ですが、荒で計算したところ、約五秒間くらい伝送可能な状態になります」
 五秒かあ……私はため息をついた。
「しかし、問題はまだあります。アルトシア門の守人は大丈夫だから、やらせてみろっていうのですが……」
 回廊が繋がったタイミングを自分で見極めて、跳んで欲しいというんだ。
 時空転移門の守人に将来なるつもりで勉強しているなら、できるはずだって……アルトシア門の守人は、いっているらしいけど。
 なぜって、スィア門の守人は回廊を維持するのに精一杯の状態になるの。衝突させた回廊が千切れないように、魔法の波動を送りつづけなくちゃいけないから。
 そばに事務官の女性がついてくれるけど、時空転移門の守人になれるかは、努力や修行の他に遺伝形質が必要で……つまり、異世界への回廊が見えるのは、私だけってことになるの。
 私、成績、悪いんだけど……
 でも、考えても選択肢はない。
 時空転移門の守人になりたいのは、本当のことだし……
「やらせて下さい」
 スィア門の守人は、小さくうなづいた。
 そして、思い出したように付け加えた。
「一応、いっておくけど……もし、失敗したら時空遭難するかも知れないから、がんばってね」
 私、いま、すごく無謀なことをしようとしているのかも……


 ちゃんとした手順から外れて時空転移門を開くのは、見るからに大変そうだった。普通の十倍近く手間がかかったもの。
 でも、おかげで珍しい光景を見ることができた。
 一瞬で終わってしまう手順が、ゆっくりと時間をかけて、でも確実に進んでゆく。転移門の構造なんかは、解説書を読むよりも、こういう本物を見た方が絶対に理解しやすい。
 ふたつの転移門がお互いの呼出符号や相対位置座標を、思ったよりもスムーズに交換してゆく。
「ふたりは、付き合っているって噂があるんですよ」
 事務官の女性がこっそりと囁いた。
「それで、息が合うのね」
「それだけじゃないわ、ふたりの仲が上手くいくかは、あなたにかかっているのだから」
「えっ!?」
 私は、思わず大きな声を上げそうになり、口元を押さえた。
「呪文の妨げになるから大きな声は……」
 事務官は、小声と仕草で静かにという。
「あのふたり、どうやって会っていると思う?」
 スィア門とアルトシア門の守人が会うために通る門は? もしかして、アズレイア門?
「大変だけど、あのふたりのためにも、がんばってね」
 事務官は、最終ステップが近づくと、そういって私を送り出してくれた。

 時空転移門の魔方陣の上に、ぼんやりと紫色をした燐光の柱が揺らめいている。
 私は鞄を抱いたまま、魔方陣のすぐ外で回廊が繋がるのを待つ。
 さっき、私だけ専用のパスフレーズを使ってアズレイア門へ回廊を繋いだときは、ほとんど何も見えなかった。
 始める前に不安がる私にスィア門の守人は、ひとつだけアドバイスをくれた。
「見える……というのは、言い回し表現上のあやです。実際には、感じる、そんな気がするという微妙な感覚なんです」
 私は、思い切って目を閉じた。
 自分にも時空転移門や回廊を感じ取る力があると願って。
 ちゃんと、おばあちゃんから、そんな血を引き継いでいると信じて。

 そして、微かな何かを感じた気がした。
 思い切って、魔方陣の光の中に跳んだ。
 一瞬の目眩、浮遊感……

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