転移門の守人 #3
ひとつめの物語~ #3 おばあちゃんが大変

 飛び出したと思ったとたん、落ちた。

「あいたあ……」
 アルトシア門の魔方陣は、やっぱり大理石の床に描かれていた。空中へ飛び出した私は、見事に、しりもちをついた。
「おい、大丈夫か?」
 アルトシア門の守人が手を貸してくれた。
「済まないな、垂直レベルの精度がいまいち煮詰まってなかったようだ」
 へぇ、この人が彼なんだ。
 繊細な感じのスィア門の守人と正反対のタイプだった。赤黒く日焼けした顔の逞しい青年で、一般的な魔法使いのイメージからは遠い。
「しかし、驚いたぜ。俺はてっきりやっちまったと思ったね」
 えっ? 何を?
「よくいまのタイミングで跳び込んでこれたよな……何秒、回廊が繋がってたと思う?」
 私は、困って首を振った。
「コンマ二秒ってところだ」
 ええっ! それって……
 小数点以下だから、一秒なかったの?
「一秒の五分の一だ。時空遭難者の捜索は大変だからなあ……遭難届を書くか、逃げちまうか考えるところだ。始末書じゃ済みそうにないしな」
 済まされてたまるか。
「私、五秒あるって聞いてたよ」
 自然と文句が口を突いて出る。
「はぁ? リアンがそういってたのか?」
 スィア門の守人様、リアンさんっていうのね。私はうなづいた。
「あいつ、また、計算間違えたな……」
 アルトシア門の守人は、ぽりぽりと頭を掻いた。
 そんな風には見えなかったけど……
「いいや、リアンの奴は涼しい顔をしてるから秀才タイプに見えるんだが、結構あれで、やっちまうタイプだ」
 そおなの、ちょっと意外。
「それにだ……守人の候補生というから、どんな優等生かと思えば、こんなチビとはな」
 危険な跳躍に敢えて挑ませたのは、守人なら当然に優秀だと思ったからという。
 そりゃあ、時空転移門の守人になれる人は、魔法力が強いだけでなく数理にも強いタイプが多いの。何せ、重要なお仕事だし、亜空間が絡んでくる魔法構造式を使うわけだから。
「無茶させて悪かった……しかし、リアンの肝心なことを伝え忘れる悪い癖、直ってないな」
 呆れ顔でアルトシア門の守人は、ほいっと、参考書を手渡してくれた。
「ほれ、基礎符形解析……おっ? こいつは、追試か?」
 さらには、まずいことになっている実力テストまで……私は、跳んだ拍子に鞄から色々と飛び出していることに気づいた。
「どうしよう……赤点が、時空遭難しちゃった」
 魔方陣の周りに飛び散っていた物を集めても、テスト用紙が一枚足りなかった。
「古代文字文法も落としたのか……おいおい、そんな恥ずかしい捜索願は出せねぇぞ」
 私も、そう思う。どこかの世界に流れ着いてたら、見なかったことにして下さい。
 

 それからは早かった。
 宰相府からの命令で、おばあちゃんのいる病院に送ってくれるために、竜騎士団のひとりが出迎えに来ていたの。
 飛竜に乗るのは初めてだから、騎士団の青年は私を鞍の前に座らせて、落とさないように抱きかかえながら飛んでくれた。
 ちょっと、気持ち良かった。
 でも、私はなぜ、宰相府なんて偉いところから、お迎えが来てたのか? そんな疑問には、気づかなかった。
 おばあちゃんに近づくと同時に、スィア門で聞いた重大事故の話が頭を離れなくなってしまったの。
 まさか、大怪我をしているのだろうか?
 どうか、無事でいて下さい……
 私は、心の中でただそれだけを願い続けた。

 飛竜は、病院の中庭に降り立った。
 大きな翼で風を叩いたせいで、せっかくの花壇の花を荒らしてしまう。私のせいかな。
そう、思うとちょっと胸が痛かった。

 「おばあちゃんっ!」
 病室に駆け込んだ。
 病院だということも忘れて、大きな声を出していたと思う。
 そこにいたのは、窓際に置いた椅子にゆったりと腰掛けた、いつもと変わらない姿のおばあちゃんだった。
 よかったあ……
 思わず、その場へ座り込んでしまった。
 本当に無事で良かった。
 もし、おばあちゃんが大怪我でもしてたら、私、どうしていいかわからないもの。
「もう、心配したんだよ……緊急入院だとか、事故だとかいうから……」
 窓際でぼんやりと外を見遣っているおばあちゃんに、私は口を尖らせた。
「すごい大変な思いをして、飛んで帰って来たんだから……」
 病室にいた他の人々……お医者様や看護婦さんや、あと結界管理局の係員らしい人たちが、私の方を気まずそうな目で見ていることに気づいた。
「おばあちゃん……?」
 手を取ると、ようやく、おばあちゃんは私を見た。小さく小首を傾げて。
「どなたでしたかね?」
「ちょっとお、ふざけるのやめてよ」
 でも、おばあちゃんは、私がわからないらしいの。
「うそでしょ……こんなの、ひどいよ……」

私は、半べそかいて、おばあちゃんに詰め寄った。
「私、沙加奈だよ、さ・か・な……わからないのっ!?」
 でも……
「お魚なのかい?」
 私は、その場に座り込んでしまった。沙加奈って名前、おばあちゃんが付けてくれたのに。

 泣き出す寸前の私の背中を誰かが抱いてくれた。
「巫女姫、お気持ちは察しますが、これ以上は……」
 振り向くと、繊細な表情をした青年がいた。
「アズレイア様は、記憶を封印されてしまったのです」
 どういうこと?

 でも結局、その日わかったことは、それだけだった。たった一日で常識外の長距離を移動したことと、無理に回廊を通過したこと、何よりもおばあちゃんの姿がショックだった。
 張り詰めていた気持ちが切れると、私は、急に疲れてしまったの。
 病院の近くにある宰相府の一室を貸し与えられると、ぐったりと眠ってしまった。

 翌日、目が覚めたときには、もう、お昼近くだった。
 恥ずかしいけど、お腹が空いて目が覚めた。
 宰相府付きの女官に手伝われて、着せ替え人形のように「お召し替え」をされる。鮮やかな蒼色の衣装で、とても上質な絹らしくさらさらとしていた。
「巫女姫に、お食事を持て」
 着替えが終わる頃に、誰かがいう声が部屋の外でした。
 すると、そんなに待たないうちにドアが開き、数人の料理人が小さめのワゴンを押して現れた。
 そして、最後に昨日の青年が現れる。
「よくお休みでしたね、巫女姫様」
 恭しく青年は腰を折った。私の背丈が低いから、自然とお辞儀も深くなるらしい。
 私は、わざと大きめのため息をついて見せた。
「どういうつもりなの、これは?」
 華美ではないけど、ずいぶんと高価そうなスカートを摘んで問う。
 青年は、優しいけれども少し困ったような表情になった。
「巫女姫、お気に召しませんでしたか?」
 気に入らないというよりも、気持ち悪いよぉ……
「巫女姫って、誰のことよ」
「沙加奈・イア・アズレイア様のことです」
 再び、恭しくお辞儀をされた。
 私は、すっかり慌ててしまった。
「あの……おばあちゃんは立派な時空転移門の守人だったかも知れないけど、私は期待されるような成績の生徒じゃ……」
 さすがに、赤点取ってるとはいえない。
「いいえ、アルトシア門の守人より報告を受けております。極めて難度の高い例外手順での跳躍に成功されたと」
 まぐれだよぉ……
「とくかく、お願いだから巫女姫って呼び方は、やめて」
 青年は、一瞬だけ考えてうなづいた。
「わかりました、沙加奈姫」
 もお、姫も様もやめて……

 私は、これ以上の議論は諦めた。というよりも、目の前にある朝食の美味しそうな匂いに負けた。
 小さめのレーズンパンは、焼きたてて頬張ると少し熱いくらい。
 コーンスープに、小さめのホットケーキが付いている。
 変則的な取り合わせだけど、全部、私の好きなもの。
「昨日は、私の不手際で、大変に驚かせてしまいました。説明を申し上げてから、面会をと考えていたのですが……」
 青年は、またも、恭しく詫びた。
 私が飛竜を降りるなり、病院の中を全力疾走するとは、さすがに想定していなかったらしい。
「ごめんなさい、私こそ、病院の中を走ったりして……」
 そう、病気や怪我の人たちがいるのだから、病院では静かにしなきゃ。
「お食事をされながらでも、よろしいですか?」
 青年の言葉に、私がうなづくと、彼は説明を始めた。

 アズレイア門での事件が起きたのは、昨日の早朝のことだった。
 経済協力関係を結んでいる異世界の国へ、協定の更新を協議するための使節を送るために、風の回廊を開いたとき、異常は起きた。
 詳しいことは、おばあちゃんの記憶がなくなってしまったから、わからない。
 どうやら、亜空間に展開した風の回廊に、「何か」が接触したらしいの。
 幸い、おばあちゃんの処置が早くて、手遅れになる前に使節として跳んだ外務官は、無事に救出できた。
 ところが、その直後に風の回廊に巨大な「何か」が侵入して来て、扉を閉める間もなく、アズレイア門が爆発してしまった。
「妖魔なのっ!」
 私は、思わずレーズンパンを握り潰しながら声をあげた。
「わかりません……アズレイア様が機転を利かせて、時空転移門を封印されたので、確認が取れないのです」
 青年は、つらそうな表情だ。
「ただ……」
 青年は、いいにくそうに言葉を切った。
「ただ……?」
 聞き返して、私は、いいにくいことの先を促した。
「はい、結界管理局の精密魔法波測定で、気になる結果が出ています……閉じたアズレイア門の中に何かがいて、しかも、月の魔法と推定せざるを得ない波動を出しています」
 難しい言葉に私は首を捻った。
「それって、どういうこと? 月の魔法って……」
「沙加奈姫は、まだ、中等部にいらっしゃるのでしたね。では、まだ習ってないかも知れません」
 そう、青年は前置きしてから話し始めた。
 実は、魔法の種類は、火、水、風、土の四系統だけではないっていうの。
 正確には、通常の場合、人が用いる魔法は四系統のどれかになる。
 そして、月の魔法というのは、多くの場合、妖魔が用いる魔法だったりする。
 それも、すごく強力な魔法力を誇るタイプの巨大な妖魔が……

「まだ、断定は出来ませんが、もしも、巨大な妖魔がアズレイア門の中に封印されているとしたら……このアルトシア世界は非常な危機に瀕していることになります」
 青年の真剣で沈痛な言葉は、まるで夢の中の物語ように思えた。
 だって、窓の外には明るい日差しと小鳥のさえずりが聞こえるし、美味しい朝食をちゃんと食べれたし。
 でも、おばあちゃんが大変なことになってしまったのは、悲しいけど夢じゃなかった。
「そこで、沙加奈姫にお願いしたいことがあるのです」
 私は、青年の真剣な瞳に射すくめられて動けなくなった。
「アズレイア門を開いて頂きたいのです」
 一瞬、頭の中が真っ白になった。
 そして、慌てる。
「無理よっ! 私、悪いけど守人にちっとも向いてないって先生にいわれてるもの」
 やっと、なぜ、私が急に呼び戻されて、こんなお姫様待遇を受けているのか理解できた。でも、無理なことは無理だよ。
「無理、絶対に無理だよ。私、全然、成績悪いもの。お姫様扱いされても、無理はムリ」
 取り乱して、無理無理と繰り返す私を、青年は優しい目で見ていた。
「存じています。失礼ながら申し上げると、沙加奈姫の試験結果や成績はもちろん、好きな食べ物まで総て報告を受けて、承知しております」
 私は、またしても恭しくお辞儀した青年と、大好物の並んだ朝食とを驚いた瞳で見返した。
 すごく優しい人だけど、この人、誰れ?
 どうして、私のこと何でも知っているの?
「申し遅れましたね、私はラス・トレーイア・杜隠・ラスカンパーリアと……」
「待ってっ!」
 いったい何度目になるのかというお辞儀を遮った。
 ラスカンパーリアって?
 いくら、社会科の成績が超低空飛行の私でも知っている名前だった。
「まさか、宰相家の?」
 私の問いに、すごく優しい微笑で青年は答えた。
「ええ、姫は留学中でご存知ないかも知れませんが、三ヶ月前に元老院から推挙されて、宰相職に就任致しました。任期は、二年九ヶ月後までの通算で三年間ですが……」
 私は、たぶん気絶したんだと思う。

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