生まれる前の沙の夢 #2
生まれる前の沙の夢 #2 ~滅びの都、ペザ

 

 ……砂の……夢……?
 ノッポの言葉は、何か、意味ありげだった。そして、私が疑問を口にするのを、待っているような雰囲気だった。仮面で表情が読めないから、私の思い違いかも知れないけどね。
 だから、迷ったけど、私は問い返してみた。
「あなたが、こんな変な夢を私に見せているの?」
 微かにノッポが笑ったような気がした。馬鹿にされたみたいで、ちょっと、気に入らない。それに、声の口調が、すごく苦手な感じがした。だから、嫌味をいってみた。
「お陰で、私は、朝抜き、遅刻、お説教……たぶん、補習になるのかなぁ?」
 ノッポは両手を広げた仕草で、私の苦情を受け流した。
「ご勉学の差し障りになっていることは、深くお詫びいたしますが……沙羅様のご命令を受けたゆえ……シャムシール殿のやり残した仕事を片付けに来ました」
 私は、ノッポの言葉に目を見張った。
 だって、お母さんの命令を受けて、あのシャムシールさんの後片付けをしに来たって……
 と、いうことは、このノッポも月の魔法の妖魔?
「驚かせてしまったようですね……私は、申し遅れましたが、クレッセントと名乗るように指示を受けております」
 軽くノッポが会釈した。ノッポだから、まだ私を見下ろしているけどね。
「巫女姫が囚われている秘密の鳥籠を開くように、命ぜられて呪詛満ちる世界より遣わされました」
 ノッポが歩み寄って来た。
 それに、意味がわからない。私、鳥籠になんか入ってないよ。
「動かないでっ!」
 攻撃魔法を描いた符形に手をかざして、一生懸命に威嚇した。
 呪詛世界の名前が、私の中で警鐘を鳴らす。
 それは、ほんの一ヶ月前の出来事だったの。

 えっとね、いろいろな出来事があって、何から話したらいいのかな……
 そう、一ヶ月前のある事件のせいで……私は、異世界と異世界の間を結ぶ時空転移門の守人の資格を手に入れた。正確には、アズレイア門に侵入した妖魔を追い出すために、特別に転移門の守人になったの……だって、時空転移門の守人になるには、魔法数理や、古代文字文法や、亜空間の絡んでくる難しい魔法方程式や、複雑怪奇な行列やら……いっぱい勉強しないといけないの。
 もちろん、それだけじゃなくって、転移門の守人ってのは、遺伝形質が重要で……だから、私、おばあちゃんの後を継いで、将来はアズレイア門の守人になるはずなんだけど……
 そのために、異世界にある魔法学院に留学してるんだけど……成績の方は……とりあえず、聞かないでね。
 シャムシールさんは、その時にアズレイア門に侵入した、月属性のものすごく強力な妖魔なの。
 そして、お母さんの命令でね……私に、月と星の選択の儀式を受けさせるために来たの。
 月に魅入られるか? 苦い希望の星を選ぶか?
 私、星を選ぶことが出来たのは、ラスが支えてくれたからだって思う。
 えへへ……ラスはね、アルトシア世界の宰相様なんだけど、私のこと好きだっていってくれたの。すごく優しくってね……
 そう、ラスは命懸けで私を助けてくれた。
 今、思い出しても、少し怖い。
 私、あと少しで、呪詛世界へ扉を開いてしまうところだったの!
 私を試すために、シャムシールさんは私を魔法で操って、とんでもない呪文を使わせた。それは、死と骨と灰を願う呪いの魔法。もしも、あのまま扉を開いていたら、アルトシア世界は壊滅していたと思う。

 だから、呪詛世界と聞いたとたん、私は身を硬くした。
 動かないでといっても、ノッポは知らん振りで近づいて来た。
 まさか、また、操り人形にするつもり?
 ノッポの靴音が響くたびに、むくむくと不安が大きくなる。
「止まりなさいっ! いうこと聞かないと……」
 精一杯の私を、ノッポが微かに笑ったように思う。もちろん、かちんと来た。
 私は、《メルディズグの煉獄矢》を構わず解き放った。
 絶対に外すことのない距離なのに、真っ赤な熱の魔法は、ノッポが片手をかざしただけで、吹き抜け階段の遥か天井へと弾き上げられた。
「どうしてよぉ、すごい強力な攻撃魔法なのに?」
 ノッポの掌が、ぽんと、私の頭に軽く置かれた。そのまま髪を撫でられる。
「ご安心を……どうやら、巫女姫は誤解をされているようですね」
  誤解って?
 身を硬く竦めた私をノッポが見下ろしていう。表情が仮面で遮られてわからないけど、敵意はないみたいだった。
「巫女姫を操り人形にするつもりはありません。ただ、夢を見せるために、ある術をすでに施してあります」
  えっ? すでに……?
「まだ気づいてませんか? この声、聞いたことがあるでしょう」
 苦手な感じがするのは確かだけど……私は、小首をかしげて見せた。
 ノッポが、悪戯っぽく、ふっと、笑ったような気がした。
「沙加奈・イア・アズレイアさん、符形基礎解析の追試、三十四点というのは赤点でなくても、いただけませんね」
 今度は、一発で誰だかわかった。この台詞、つい先日、職員室に呼び出された時と同じだ。教頭先生の声だよぉ……
 でも、どうして?
「ご説明しましょう……少し複雑ですよ、いいですか……」
  全然、良くないよぉ。
 教頭先生の声で話されると、職員室でお説教されてる気分だった。
「各世界の時空転移門は厳重に管理されており、呪詛世界と繋ぐことが不可能なだけでなく、妖魔の侵入は注意深く防御されています。ご存知ですね?」
 しかたなく、うなづく。
「ですから特別な砂を用いて、特別な夢を見せることで異世界にいる人間を遠隔操演しているのです……」
「じゃあ、教頭先生は妖魔じゃなくって、操られているだけなの?」
「そうです」
 私は深いため息をついた。教頭先生が妖魔だったら、怖くって職員室に近づけないよ。
「砂の夢を見ている者は、全て魔法にかけられて、夢を見せられているのです」
 教頭先生を操っている妖魔が、仮面の下で意味ありげに微笑した。
 私は、今度はその微笑の意味に気づいた。
「じゃ、もしかして……私、すでに魔法に操られているのっ!」
「そのとおり、良く出来ました」
 いつの間に……と、聞こうとして気づいた。私、毎日のように教頭先生に叱られているから、何かしようとしたら、簡単だと思う。
「そして、もう、ひとつ……なぜ、あなたが、《メルディズグの煉獄矢》を使えたと思いますか?」
「だって、夢の中だからでしょ……」
「夢の中であっても、《メルディズグの煉獄矢》の符形の描き方まで、なぜ、知っていたのです?」
 いわれて、はたと考え込んでしまった。私、こんな強力な攻撃魔法なんて、もちろん、学校で習っていない。
「あなたは今、シア姫という少女の見た夢の中にいるのです……そして、シア姫とは何度も会っているから、わかりますね?」
 やっぱり教頭先生の話口調しって、苦手だよぉ。いつもね、難しい数式を黒板に書いて、「わかりますね?」って、答えられないの知ってていうんだよ。
「シア姫様って、誰れ? 私、会ったことなんてないよ」
 私は、膨れて見せた。
 でもね、仮面を着けた教頭先生は、驚くべきことを話した。
「たくさん砂の山がありましたね。音楽学校にも、音楽講堂にも、街のいたる所に……あなたが初めに出会った砂の山が、シア姫です」
 そういえば……
 この変な夢は、いつも、ピアノが置かれた音楽室から始まるの。そして、いつも、なぜか部屋の片隅に小さな砂の山があって、なぜか、呼ばれた気がして……
 でも、どうして?
 見渡す限り、砂の山だらけで、誰もいなくて……
 でも、本当はたくさんの人たちがいて……
「大勢の人々が、砂の山にされたまま、それぞれに夢を見ているのです。ここは、そういう場所ですから……」
 クレッセントという名前の妖魔に操られた教頭先生が、私にヒントを投げかけた。
 そのたくさんの人たちが、皆、砂になっていて……
 世界中が砂の山だらけなんて、これじゃ、まるで……
 途端に身体が震えた。
 「答え」に気づいてしまった私は、怖くなって、両手で顔を被った。
「もう、おわかりですね、ここは……」
「やだっ! 聞きたくないっ!」
 私は、その場でうずくまった。半べそをかいて、耳をふさいで……

 そう、ここは、ペザ……呪詛世界への扉を開いて、死と骨と砂の呪いに滅ぼされた世界……でも、それは、私が生まれるよりも以前のこと……


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