生まれる前の沙の夢 #4
生まれる前の沙の夢 #4 ~沙の隠し事

 夢から覚めた途端、いきなり出席簿で頭を叩かれた。
「いたあ……」
 すぐには、夢の中に散らばった意識を掻き集められない。
「アズレイアさん、練習問題の問4、あなたの順番ですよ……さあ、前に出て、すぐ、解いてっ!」
 先生の声が降って来るけど、私は、まだ、ぼんやりと教室を見回した。
 砂の夢……何もかもが、砂に変えられてしまった世界の夢……それから……ラスの夢……私は、小さな小鳥で……
「私……鳥籠の……中にいるの?」
  ぱこっ!
  きゃっ……
 今度は、思いっきり叩かれた。
「あなたは、いま、教室にいます。もう、寝言はいいから、問題を解きなさい」
 頭を押さえながら見上げると、基礎符形解析の先生が恐い顔で睨んでいた。周りから、くすくすと笑い声が聞こえた。
 やっと、気づいた。私、五時間目の授業中に居眠りして、砂の夢を見たんだ。
「あっ……はいっ……」
 チョークを手渡されて、慌てて立ち上がった。すると……
  カラン……
 乾いた音が床を転がった。見ると、あの小さなガラス瓶だった。もちろん、大慌てで拾った。先生の視線を避けるように、急いでスカートのポケットに突っ込んだ。
 夢の中から、持って来ちゃったんだ。でも、どうして?
「アズレイアさん、何をしているんですかっ!」
 ついに、怒鳴られた。
 慌てて黒板に向かった……予習してないし、先生に怒られるし、私、ピンチだよぉ。
 困り果てた、ちょうど、そのとき、教室のドアが叩かれた。
「沙加奈・イア・アズレイアさん、ちょっと、こちらへ……」
 教頭先生だった。もちろん、夢の中とは違うけどね。

 教室を抜け出して、院長室に案内された。留学したときのご挨拶に伺って以来、こんな恐い所には来たことない。だから、すごく、緊張した。
 院長先生は、思ったより優しくって、穏やかに私を迎え入れてくれた。でも……その傍らには……ラスカンパーリア宰相家の紋章が入った甲冑に身を包んだ騎士が、私を待っていた。
「巫女姫様、ラス様のご命令を受けてお迎えに参りました」
 騎士は私の前に跪いた。
「急ぎ、巫女姫を宰相府へお連れするようにと、命ぜられております」
 いつも隠れて見張っているはずの騎士が、私の前に現れた?
 その理由は、すぐに思い当たった。
 そう、砂の夢の最後で、ラスの許にいる星見術師があの夢に気づいた。だから、慌てたんだと思う。私に呪詛世界の妖魔が会いに来たんだから……


 後は早かった。
 騎士は校庭の中庭に飛竜を待たせていた。急かされるままに、私は飛竜に乗せられて、魔法学院から連れ去られた。
 教室の上を通り過ぎたとき、窓からカルアの心配そうな顔が私を見上げていた。せめて、ひとこと、親友のカルアには話をしたかったけど……また、心配をかけたと思う。カルア、ごめんね。

 スィア門から跳んで、今度はアズレイア門へ。
 草の匂い。
 虫たちの声。
 草原を吹き抜ける風が、私の髪とスカートを揺らした。
 アズレイア門は、草原の中にあるの。古い時代の様式で石柱を円形に並べた、すごく、大きな魔方陣なんだ。
「おばあちゃんっ!」
 理由はどうであれ、自分の家に帰って来たのは、うれしかった。
「沙加奈、お帰りなさい……」
 私の後ろで……お迎えの騎士が、おばあちゃんに恭しく頭を下げた。おばあちゃんの表情が曇った。私の頭越しに、騎士が何か合図したようだった。
「本当は、あなたの好きなシチューを用意してあるのだけど……ラス様が、急いでおられるようですから……」
「ううん、大丈夫……シチューは、帰りに食べるから」
 わがままをいいたくなるのを我慢して、笑って見せた。ラスが急いでいる理由が、わかるから。ラスは、きっと、いま、すごく、心配してくれていると思うから。

 そして、再び、飛竜に乗って王都へ向かった。
 宰相府の中庭に降り立ったときには、もう、夕暮れだった。
 でも、私が案内されたのは……ラスがいる執務室でも、一ヶ月前に私が寝泊りした部屋でもなかった。宰相府の地下にある星見術師様の部屋だったの。

 それから、もうひとつ。
 宰相府の中庭へ飛竜が降りたとき、騎士をその場に待たせて、私は花壇に駆け寄った。いぶかしむ騎士の視線を背中に感じながら、花壇の土を手で掘り返して、砂の入ったあのガラス瓶を隠した。
 宰相府では、たくさんの女官が私の身の回りの世話をしてくれるはず。それは、それでありがたいことだけど、宰相府にいる誰もがラスの指示で動いているの。
 だから、私は、夢を見るための砂を入れたガラス瓶を隠した。
 穏やかな笑顔でガラス瓶を取り上げられてしまわないように……

 でもね、何か、変な感じだった。
 ラスのこと、信じているけど……でも……
 ラスのこと好きだもの。
 だから、守られているだけの小鳥じゃ、嫌だった。
 守ってくれるって約束してくれた……だからね、私もいっぱい背伸びをして、ラスのために何かできる力が欲しい。

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