生まれる前の沙の夢 #6
生まれる前の沙の夢 #6 ~遠い記憶との再会

 お母さんが、ペザを滅ぼした……

 私は、すぐには信じられなかった。
 でも、そう考えると、いままでの色々なことの辻褄が合う。
「おばあちゃんがいってた……お母さんが大変なことをしたから、アズレイア門を片田舎に移して、紋章も返上したって……」
 私が、ほつりとつぶやくと、セシュナ様が微かにうなづいた。
「ですが……私は、ペザ滅亡の場を見たわけではありません。ペザより救い出した人々の言葉から、聞き伝えに知ったことです」
 セシュナ様は、そう言葉を補った。
 でも、時空転移門を開き、亜空に回廊を渡す魔法は、私たち転移門の守人の血脈に連なる者にしか行使できない。
 それに、ラスが話していた……お母さんは、星の小箱を開けることができたって。だから、土系統の扉であるペザ門やアルトシア門も、風系統のアズレイア門も開くことができたと思う。
 だけど、どうして、そんなことをしたのっ!
 私、どうしても、ペザで何が起きたのか、知りたいと思った。


 沐浴を終えた後、私はラスと顔を合わさないように気をつけて、与えられたあの部屋に向かった。そう、宰相府の片隅に設けられた、私には広すぎるあの部屋へ。一ヶ月前のあのとき以来だけど、いつ私が帰って来ても良いように、ラスはこの部屋をそのままに残してくれていたの。
 うれしかった。
 自分の帰れる部屋がここにあるって。
 私、ずっと、独りきりだったから、ラスのそばに自分の居場所があるって思ったら、すごく、うれしかった。
 ……少しだけ、泣いちゃった。(内緒だよ……)
 指切りをした約束をラスは守ってくれた。
 だから、こそこそ隠れて、ラスをきっと困らせてしまうことを始めた自分を、責めたかった。
 だから、ラスから逃げてしまった。
 だって、いま、ラスの顔を見たら、私、我慢できる自信がなかった。泣き出してしまったら……たぶん、隠し通せない。

 セシュナ様が案内してくれたから、それに宰相様のラスはすごく忙しいから、何とか見つからずに、部屋に滑り込んだ。
 それから、セシュナ様に砂を入れたガラス瓶を埋めた場所を正確に伝えて、持って来てくれるようにお願いした。本当は、真夜中にこっそり掘り返しに行くつもりだったけど、セシュナ様の方がいいと思ったの。大勢の女官や騎士たちが、私を見張っているものね。
 砂を使って夢を見るのは、午後十一時と決めた。つまり、女官たちが引き払った後ね。
 私は、早めに夕食を終えると、隠れるように急いでベッドにもぐりこんだ。

 しばらくして、ドアの開く音がした。
 廊下の明かりが真っ暗にした部屋に差し込む。
 人影、歩む微かな足音……
 それが、ラスだと気づいたから、私は身を硬くした。
 必死に眠ったふりをした。
 ラスは、たぶん……私が急に呼び寄せられたことで疲れてると思ったに違いない。すごく優しく、髪を撫でてくれた。
 それから……
 ラスのささやくような、祈りの声……

  どうか、この方を守り切れますように……

 まるで、おまじないのように私の額にラスの唇が微かに触れた。
 ラスが部屋から立ち去ると、私は、ひとりで泣いてしまった。


 そして、約束の時……
 さらさらの真っ白な砂を入れたガラス瓶が、再び、私の前に置かれた。手を伸ばそうとした途端……
「姫、もう一度、伺いますが……砂が見せる夢は……」
「大丈夫、きっと……」
 セシュナ様の心配そうな言葉を、私は遮った。
 もしも、お母さんが、ペザを滅ぼしたのなら、なぜなのかを知りたい。
 私が生まれるより前、ペザで何が起きたのかを……
 それが、どんなに残酷なことでも……

 セシュナ様が、ガラス瓶を開き、砂を私の髪に微かに降らせた。

  ……かな……さ・かな……沙加奈……

 誰かが呼んでいる声で振り返る。
 鮮やかな水色の衣装をまとった少女が、部屋の片隅にいた。
 すぐに、誰なのかわかった。
 砂の夢の中で何度も繰り返し見た、あの蒼いペンダントが胸で揺れていた。
「初めまして、あたしは、カイハネア王国第二王女、シア……そして、あなたのお母さんの一番の友達……」
 悪戯っぽく、くすくす笑った。
「初めましては、変ですね。でも、お久しぶりは、もっと、変……」
「じゃあ、『やっと会えた』はどうかな?」
 私が後を引き取ると、シアはうなづく。
「そうですね……それが、一番、変じゃないですね……だって、あたし、十五年も待ちましたから」

 あの砂の夢の中で、音楽室の片隅にわだかまっていた水色の砂の山……それが、シア。
 照れ笑いにも似た、どこか透明なシアの笑顔が、不思議だった。
 その屈託のない笑顔の向こうに、私が知らなければいけない真実があるんだと、そう思った。

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