お母さんが、ペザを滅ぼした……
私は、すぐには信じられなかった。
でも、そう考えると、いままでの色々なことの辻褄が合う。
「おばあちゃんがいってた……お母さんが大変なことをしたから、アズレイア門を片田舎に移して、紋章も返上したって……」
私が、ほつりとつぶやくと、セシュナ様が微かにうなづいた。
「ですが……私は、ペザ滅亡の場を見たわけではありません。ペザより救い出した人々の言葉から、聞き伝えに知ったことです」
セシュナ様は、そう言葉を補った。
でも、時空転移門を開き、亜空に回廊を渡す魔法は、私たち転移門の守人の血脈に連なる者にしか行使できない。
それに、ラスが話していた……お母さんは、星の小箱を開けることができたって。だから、土系統の扉であるペザ門やアルトシア門も、風系統のアズレイア門も開くことができたと思う。
だけど、どうして、そんなことをしたのっ!
私、どうしても、ペザで何が起きたのか、知りたいと思った。
沐浴を終えた後、私はラスと顔を合わさないように気をつけて、与えられたあの部屋に向かった。そう、宰相府の片隅に設けられた、私には広すぎるあの部屋へ。一ヶ月前のあのとき以来だけど、いつ私が帰って来ても良いように、ラスはこの部屋をそのままに残してくれていたの。
うれしかった。
自分の帰れる部屋がここにあるって。
私、ずっと、独りきりだったから、ラスのそばに自分の居場所があるって思ったら、すごく、うれしかった。
……少しだけ、泣いちゃった。(内緒だよ……)
指切りをした約束をラスは守ってくれた。
だから、こそこそ隠れて、ラスをきっと困らせてしまうことを始めた自分を、責めたかった。
だから、ラスから逃げてしまった。
だって、いま、ラスの顔を見たら、私、我慢できる自信がなかった。泣き出してしまったら……たぶん、隠し通せない。
セシュナ様が案内してくれたから、それに宰相様のラスはすごく忙しいから、何とか見つからずに、部屋に滑り込んだ。
それから、セシュナ様に砂を入れたガラス瓶を埋めた場所を正確に伝えて、持って来てくれるようにお願いした。本当は、真夜中にこっそり掘り返しに行くつもりだったけど、セシュナ様の方がいいと思ったの。大勢の女官や騎士たちが、私を見張っているものね。
砂を使って夢を見るのは、午後十一時と決めた。つまり、女官たちが引き払った後ね。
私は、早めに夕食を終えると、隠れるように急いでベッドにもぐりこんだ。
しばらくして、ドアの開く音がした。
廊下の明かりが真っ暗にした部屋に差し込む。
人影、歩む微かな足音……
それが、ラスだと気づいたから、私は身を硬くした。
必死に眠ったふりをした。
ラスは、たぶん……私が急に呼び寄せられたことで疲れてると思ったに違いない。すごく優しく、髪を撫でてくれた。
それから……
ラスのささやくような、祈りの声……
どうか、この方を守り切れますように……
まるで、おまじないのように私の額にラスの唇が微かに触れた。
ラスが部屋から立ち去ると、私は、ひとりで泣いてしまった。
そして、約束の時……
さらさらの真っ白な砂を入れたガラス瓶が、再び、私の前に置かれた。手を伸ばそうとした途端……
「姫、もう一度、伺いますが……砂が見せる夢は……」
「大丈夫、きっと……」
セシュナ様の心配そうな言葉を、私は遮った。
もしも、お母さんが、ペザを滅ぼしたのなら、なぜなのかを知りたい。
私が生まれるより前、ペザで何が起きたのかを……
それが、どんなに残酷なことでも……
セシュナ様が、ガラス瓶を開き、砂を私の髪に微かに降らせた。
……かな……さ・かな……沙加奈……
誰かが呼んでいる声で振り返る。
鮮やかな水色の衣装をまとった少女が、部屋の片隅にいた。
すぐに、誰なのかわかった。
砂の夢の中で何度も繰り返し見た、あの蒼いペンダントが胸で揺れていた。
「初めまして、あたしは、カイハネア王国第二王女、シア……そして、あなたのお母さんの一番の友達……」
悪戯っぽく、くすくす笑った。
「初めましては、変ですね。でも、お久しぶりは、もっと、変……」
「じゃあ、『やっと会えた』はどうかな?」
私が後を引き取ると、シアはうなづく。
「そうですね……それが、一番、変じゃないですね……だって、あたし、十五年も待ちましたから」
あの砂の夢の中で、音楽室の片隅にわだかまっていた水色の砂の山……それが、シア。
照れ笑いにも似た、どこか透明なシアの笑顔が、不思議だった。
その屈託のない笑顔の向こうに、私が知らなければいけない真実があるんだと、そう思った。